2015年11月17日火曜日

台湾の民主化運動を下敷きにした「GF*BF」の感想



台湾映画の「藍色夏恋」が、好きでして。

その主演だったグイ・ルンメイ(桂綸鎂)が、「GF*BF」でも高校生役をしているというので、見てました。

撮影当時は20代半ばくらいかな?
「美人さん」というよりは、「可愛らしい」顔立ちなので、ちゃんと高校生に見える。大したものです。(「藍色夏恋」とは、違った女子高生像になっているし)


で、「GF*BF」というタイトルですが、原題は「女朋友 男朋友」(朋友 = 友達)。「girl friend」の略でGF、「boy friend」の略でBFですから、まんまです。

GFが、グイ・ルンメイ。BFで登場する男性二人が・・・・・、物凄いガタイがよろしい。とても、高校生には見えなかったですが、まぁ仕方なし。


で、お話しの流れですが、台湾映画では定番感のある、同性愛を加えての、三角関係。

林美宝(女)は、(幼馴染なのかな?)陳忠良(男)が好き。

陳忠良(男)は、王心仁(男)が好き。

王心仁(男)は、林美宝(女)が好き。


で、ネタバレ。

林美宝は王心仁と付き合うことになるのだが、陳忠良を想いを引きずっている為か、うまくいかず。
二人は別れて、王心仁は結婚。
なんだけれども、すっぱりと切れることはできず、体の関係がズルズルと続く。

陳忠良は、男性の恋人を手に入れるが、彼には家庭がある。
が、林美宝が日陰の女として生きていることを知り、自分の境遇の情けなさを痛感。

自分もこんな恋愛を止めるので、お前も止めろと林美宝に忠告する。

で、林美宝は陳忠良と別れるのだが、彼女は妊娠をしており、また同時に病気も患っていた・・・・・。


まぁ、こんな流れでした。

特徴的なのは、台湾の民主化運動を背景にしているところ。

「海角七号 君想う、国境の南」では、かつての日本統治時代の悲恋を背景にしていたけど、こちらも、微妙な問題を果敢に扱うなーと感心。

が、「海角七号」にしても、今作の「BF*GF」にしても、軽い。
「いいんか、これで? 当事者たちから、軽薄な描き方だ! と文句が出ないの?」と、ちょっくら不安になってしまう。


邦画で学生運動を扱うと、連合赤軍事件が想起されてしまい、こういう風には、描けないよなぁ・・・・。

なんとなく覚えているのは、三田誠広さんの「漂流記1972」なんかは、軽いタッチで書かれていたような気がするが(もう、おおかた忘れちまった)、あれが作品として成功だったかどうかは微妙かな?

最近だと、「坂道のアポロン」なんかは、学生運動を絡めて描いていたけど、やっぱり重苦しい時代の雰囲気を醸し出す装置して使われていたなぁ・・・・・。


別に重いから良くて、軽いから悪いとはならないのではないわけでして。

ちょっと面倒な素材であっても、「えぇーい、使っちゃえ!」とばかりに物語に組み込んでしまう「軽さ」が、台湾映画の貪欲さでもあるわけでして、これはこれでいいんでしょうけど。


それよりも、病気という処理が、どうにも安直なような。(「事故」と「病気」は、青春映画のお約束ですが・・・・・)

ラストの枠に収めるために、無理に引っ張ってきた感が強かった。(一応、林美宝が、お腹をさすっているシーンが伏線なんだろうけど)

特に、子供を産めば死ぬと分かっていて、どうして、林美宝は、出産という選択をしたのか?

新しい命は、自分の命よりも尊重されるべきだから?
王心仁を愛していたから?

うーん、どうにも納得できる答えが、ないような気がします。
だって、出産したら自分は死んでしまい、家族のいない彼女の子を育ててくれる肉親はいない。
無責任と言えば、無責任。


彼女にとっては、陳忠良は家族同然であったのかもしれないけど、それをアテにするというのも、なんかいい加減過ぎるような。

そして、陳忠良が子供たちを育てたのは、林美宝への友情?
彼女の愛情に応えてやれなかった、罪滅ぼし?

うーむ・・・・・。


一応、産まれてきた双子は、かつての彼らと同じように学校のやり方に抗議している。

まさしく「彼ら三人」の子供であることを象徴している。


現実には、学校への反抗を主導していた王心仁は、体制側に取り込まれてしまって、さらには、林美宝を愛人にしていた。
簡単に言えば、汚い大人になってしまった。

「でも、もしかしたら、新しい命こそが、あの時のキラキラと輝く青春時代を継承してくれるのではないか?」というオッサン・オバサン感泣の展開なんだが、やっぱり、なんか無理に収めたような気がしてしまうなぁ・・・・・。


台湾映画の感想。
台湾映画「海角七号 君想う、国境の南」
台湾映画「花蓮の夏」を見て
魅惑の90分映画「藍色夏恋」
映画「あの頃、君を追いかけた」に、身悶えする
台湾映画「九月に降る風」の感想
「KANO~1931海の向こうの甲子園~」は、ちょっとクドかった


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2015年11月16日月曜日

小説「日本文学100年の名作第2巻1924-1933 幸福の持参者」


まぁ、ぶっちゃけ、前の巻と同じで、大した感想はなく。

小説「日本文学100年の名作 第1巻 1914-1923 夢見る部屋」

「いい味だな」と思う短編(たとえば、タイトルにもなっている「幸福の持参者」とか、最後の「訓練された人情」)もあれば、「なんじゃ、こりゃ?」というモノも。

まぁ、いろんなテイストを混ぜないといけないから、「ぶっ飛んでるなぁ~」というのも入れないとね。

以上、備忘録にもならない感想でした。


日本文学100年の名作第2巻1924-1933 幸福の持参者 (新潮文庫)
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2015年11月15日日曜日

映画「あの日のように抱きしめて」の感想



簡単なストーリー紹介。

主人公のネリーは声楽家のユダヤ人。ナチスに囚われて、収容所に送りに。そこで、顔をめちゃくちゃにされてしまうが、どうにかドイツ敗戦で生き残る。
親友のレネは、彼女を病院に連れていく。
顔は再建されるものの、完全に元通りにはいかなかった。

で、レネは、新国家建設の為にパレスチナに行こうと、彼女を誘う。

が、ネリーは、旦那(ジョニー)のことが忘れられない。

彼を探して、夜の街をさまよっているうちに、夫を見つける。
が、夫は、彼女を見て、自分の妻だとは分からない。

それどころか、「死んだ妻の身代わりになってくれ。そして、親族の絶滅した妻の遺産を、山分けしよう」と提案してくる・・・・。
自分が妻だと分からいことにショックを受けるが、彼をまだ愛しているネリーは、その提案を受けてしまう。


こんな感じです。

で、まぁ、「私を思い出して、あなたの妻よ!」ということで、「あの日のように抱きしめて」という邦題になったようですが・・・・・・うーむ、なんだ、この安っぽい邦題は。

原題は、「PHOENIX」。
鳳凰、フェニックス。

確かに、これでは分かりづらい。このまんまだと、聖闘士星矢のスピンオフか? と思ってしまうよ。
それにしても、もう少し、マシな候補がなかったのかね~。
(「火の鳥 ドイツ戦後編」とか・・・・・、いや、これも違う。)


作品は、一応、サスペンス調。

旦那は、妻をナチスに売ったのか? 売っていないのか?
それが作品の肝なんだが、・・・・・・物語は、ゆっくり進みます。

漫画版のデスノートのように、「敵の裏をかいたと思ったら、既に保険が用意されており、でも、その保険があることも想定済み、でも、さらに、その上をいく」といった、どんでん返しの繰り返し、みたいなことはなく、けっこう単調です。

正直、最初は退屈だったんだけど、時間がたっぷりあるだけに、「なんで、旦那は、奥さんだと気がつかないの? 不自然だよな~。もしかして、旦那は、既に気がついている?」とか、「友人のレネって、どうして、ネリーに反対するんだろう? もしかして、彼女を好きなのかな? それとも、彼女こそが、本当は財産を狙っている?」なんてことを、じっくり考える余裕がある。

で、自分の仮説が正しいのか、俳優たちの表情から読み取ろうとしていると、徐々に、退屈からは解放されていきました。


「ユダヤ人は、こんなにひどい目にあったんだ!」「ナチスの罪は、こんなにも深い!」といった政治的な主張が、ガンガン前に出てくる内容ではありませんでしたが、・・・・・まぁ、女子が喜ぶ内容ではないのは確か。

どうせ、こういう地味目の映画を見る人は、勝手に見る。
むしろ、それ以外の人間に、どうやって見せるか?

その結果として、メロドラマ調の、「あの日のように抱きしめて」というタイトルになったんでしょうが、「さーて、なんとなく暇だから映画見よう、おっ、よく知らないけど、これ、面白そう」という観客は、どう感じたかなぁ・・・・・・・。

まぁーねー、綺麗事で飯は食えんので、それくらいのハッタリかましてないと、人間生きていけないよね、・・・・・・・ということで。


で、原題「PHOENIX」。

フェニックスとは - コトバンク
エジプト神話の霊鳥。アラビアの砂漠にすみ、500年に1回、みずから火中に入って焼かれ、その灰の中から若い姿で再生するといわれる。不死鳥。

徐々にネタバレになってきますが、収容所生活でむごたらしい経験をしたネリーにとって、旦那の愛を取り戻すというのは、幸せな生活の復活を意味している。
つまりは、「PHOENIX」。

愛は不死鳥なのか? ということです。

で、親友のレネは、「やめろ、やめろ」と制止する。
そもそも、「死んだ妻の金を狙っているような男だぞ?」と。

で、そういうレネは、鳳凰の柄の寝間着を着ているんだよね。

レネは収容所を免れたようだけど、戦中には仲間を殺されており(かつて写真を一緒に撮ったような仲の人間がナチスになっていたりして)、それはそれで、悲惨な経験なわけで。
それを乗り越えて、イスラエルという新国家建設を目指している。

が、結局、死者に引っ張られて、自殺してしまう。
「ノルウェイの森」の直子ですな。(ということだが、ちょっと唐突な展開であることは否めなかったりします)

このシーンからして、「 一輝 フェニックス、ダメなんじゃね?」という気がしてきたが、案の定、最終的には、旦那が、ナチスに妻を売り渡していたことが分かってしまう。

そして、ネリーが、「スピーク・ロウ」を歌うまで、彼女が妻であることに気がついていなかったことが暴露されて、ラスト。


ネリーは、収容所に行って、顔つきが変わってしまった。体型も痩せてしまい、声も多少変化してしまったかもしれない。
でも、夫婦として暮らしていたんだから、いくらなんでも、途中で旦那が気がつくだろう? 筆跡もそっくりだし。

口調とか、言い回しとか、外見が変わっても、どうしたって外に出てしまうはず。

だから、少なくとも、疑りはするでしょうに。
でも、最後のシーンからすると、旦那は、まったく気がついていなかった御様子。

妻をナチスに売ってしまった時に、旦那の愛は、既に消え去っていた。
だから、まったく気が付かなかったのだろうなぁ。


よくよく考えると、かつてピアニストだった旦那は、酒場(この酒場の名前が「PHOENIX」)で働いているのに、まったくピアノを演奏しない。
雑務ばかり、させられている。(望んで?)

「ピアノ弾いている方が、稼ぎが、いいんじゃないの?」
と、感じてしまったけど、これは、既に昔の生活を切り捨ててしまった彼の現状を象徴していたんだろうなぁ。(戦中はピアノを弾いいていたという発言があるから、米軍相手の酒場で、自分のピアノを披露したくなかったのかもしれない。すると、彼も、また過去に囚われている人間ということなのかな?)


つまりは、

Q.愛は死にますか?

A.死にます。

ということです・・・・・。


まぁ、最終的には自分を捨てた旦那を見限ったということは、つまり、「戦前の幸せな生活」や「戦中の収容所での地獄」の思い出を過去にしてしまい、これからは未来に生きていくということなのかな?(レネや旦那と違って)

そう考えると、主人公のネリーこそが「PHOENIX」と言うこともできるのですが、映画の中では、彼女の「その後」は描かれていないので、まぁそれは観衆の想像にお任せということですな。


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2015年11月14日土曜日

近由子「女なのでしょうがない」の1巻、2巻の感想

わずかにエッチな表紙に目がいき、冒頭数ページを立ち読み。

「女なのでしょうがない」ってタイトルからしても、「こじらせちまったアラサー女子の嘆き、ってヤツがメインの漫画か?」というのがファーストインプレッション。

で、しばらくして、2巻が出ると、こっちもちょっとエッチな表紙。

まんまと作者と編集者の思惑通りに、目がいってしまう。


多分エロくないな、とは思いつつも、出張時の電車内で読もうと(←エロいと困る)、電子書籍版を購入。
で、内容は、最初の感触通りでした。
(次巻の感想は、こちら。■近由子「女なのでしょうがない」の3巻の感想)


同じ職場で働く、三人の女性が主人公。

・青木美希31才(左)
顔とスタイルは、まぁまぁ。

会社では主任を任され、部下には男性もいる。仕事は出来る。でも、仕事が好きで好きでたまらない、という訳ではない。

化粧などは、ほどほど上手にやるけれども、女子力アピールというわけではない。
主任としての立場が、手抜きできないと思わせるのかな?

なので、弁当などつくって女子力アピールなどはしない。


・君島旭29才
顔は普通くらい? スタイルは悪くないが、ちょっと背が高い。貧乳。色気なしで、サバサバしているようで、けっこうネチネチと悩んでしまう。

仕事は、普通に出来る。

外見的な女子力は弱いが、料理は得意(好き?)で、恋愛観は夢見る乙女系。


・風間ちはる23才(左)
美人、巨乳。
本人が思うよりは、器用に仕事が出来るようではあるが、積極的にかかわるつもりはない。

多くのセフレを囲っておくことで、自らの承認欲求を満たしている。・・・ようで、実は、まったく満たされていない。それは分かっているが、止められない。


といった三人の女性が、時には対立し、時には理解を深めるというお話し。


ちょいっとアンニュイな表紙絵の女性(青木)の背中に「半額」シールが貼ってあることからも分かるように、そんなそんな読んで楽しい話ではない。

基本、痛々しい。

しかも、「男性社会における女性の生き辛さ」を描いているので、登場する男は、基本的に嫌なヤツ。

上司という立場を利用して責任転嫁したり、正論という嫌味ばかり吐いていたり、女を性処理の道具にしか思っていなかったり。


そんな不遇の彼女たちにも、優しく接する男性も、いるんですけどね。

社員食堂に勤めている林とか、君島の隣に住む中学生の川村とか。

だが、前者の嫌なヤツたちは会社内で権力を持っていたりするんだが、後者の優しい男たちは無力。


まぁ、作品のテーマを際立たさせる為に、仕方ないのだろうけど、男性読者としては、「なんだか極端だよね」と思わないでも。


一応、中間的な人物として、途中入社の森田というキャラもいる。

青木と同じ31才、イケメンで、仕事は出来る。

他の同僚たちとはうまくやっているけど、上司にあたる青木には、時々、くってかかる。

対等な付き合いを求めているだけなのか、「女性」の上司に反発しているのか、今のところ微妙。

少なくとも、単純な味方でないのは確かかな。


「極端」と言えば、三人とも過剰なくらいに自己評価が低い。

特に、青木なんかは、美人に入る程度の顔で、仕事もまぁまぁ出来ている。
結婚は諦めて、自分のことを「おばさん」と呼んでいるけど、・・・・・・31なんて、今時、結婚適齢期と言ってもいいんじゃないの?

子供産むのに、早いとは言えないけど、遅いとも言えない。

まだ、いろんなことを諦める時期でもないのに、すっかり捨て鉢になっている。
それでいて、「仕事と結婚する」という覚悟も、「仕事がさえあれば、いい!」という誇り(負け惜しみ)もない。

まぁ、ここらへんの微妙な感情は、どうやら「母親の期待に応えられなかった」、または「応えられていない」ということが関係しているようですが。

で、現状の青木の楽しみというのが、貯金通帳の残高が増えていくことだけ。


・・・・・うーむ。

現代女性には、「有能な勤め人」と「子を産む母」の二つを求められる。

時に二つとも、しっかり手に入れている人もいるけど、なかなか大変なことです。

いくら働きやすくなった、と言っても、過去と比較しただけのお話。


「女性の活用」とは、右寄りの首相でも口にせずにはいられない時代にはなりましたが、しかし、男性優位の社会であることは相変わらずでして。
だから、女性が努力しても男性ほど報われない。

で、そんな社会において、なにを尺度にするかと言えば、まぁ「金銭」となってしまう・・・・・。


もちろん、「愛」という手もあります。
仕事が面白くなくても、金があんまりなくても、まぁ、「愛」があれば!

が、これが面倒でな・・・・・・。

「愛」には、相手が必要だもんね。
そして、「金」は、文句も言わない。

--優しく してくれる なら
好きって 言って くれるなら
極論
だ 誰だって!!
上の言葉は、最初に風間が口にして、後に、君島も同意せざる得なくなったもの。

君島は、隣の中学生男子に言い寄られている。

が、年端もいかない子。そんなものを本気に相手してはいけないけど、「誰かに認めて欲しい」「誰かに必要と思われたい」という承認欲求は抑えきれないわけでして・・・・・・。


さて、これから、三人の女性は、なにか自分でも満足できる目標を見つけることができるのか? または、自分を認めてくれる(愛してくれる)男性を見つけることができるのか?

まぁ、青木に関しては、林とくっついちゃうのかね? と思ってしまうけど。
(途中入社の森田とも、微妙な関係だが、一回寝るくらいはあっても、うまくいかないような気がするが・・・・・)

この物語の冒頭では、青木は銀行通帳を見て満足している。
その次に、カップラーメンと半額シールの貼られたスーパーの惣菜を食べる。

この流れって、彼女の現状を象徴しているわけでして。

そして、他でも、彼女の夕食のシーンが何度か登場するけど、いつも、貧しい食事ばかり。


で、林という青年は、社食を担当している。
貧しい食事をする青木に、ちゃんとした食事を与える役割を担っている。

そこらへんからも、今後、彼女に介入していくんじゃないかな? という感じがしますが、さて。


食事に関して言及すると、君島は料理好き。
それもあって、隣の中学生(父子家庭)に弁当をつくってあげる。

彼女の場合は、「青木」と「林」の関係の逆バージョンとなっている。

しかし、三十間際の大人が、中学生に手を出すわけにもいきませんからね。
こっちは、どうなるんだ?

まだ登場していないけど、もしかしたら、父親とくっつくなんてパターンもあるかな~?


おまけの感想としては、三人の女性が、いろいろと男性の理不尽さに耐えられなくなると、ブチ切れて、自分の感情を暴露するんだよね。

まぁ普通に考えれば、会社において破滅的な行為なんだけど、なんだかんだで、うまくいっちゃうんだよね。

うーん、・・・・女性読者からすると、水戸黄門の印籠のようなもんで、溜飲が下がるシーンなのかもしれんが、毎回毎回、「そりゃ、ねーだろ」と感じてしまうよ。(まぁ物語のウソってヤツで、仕方ないんでしょうが)

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2015年11月13日金曜日

奥崎謙三氏の生き様を描いた「ゆきゆきて、神軍」



荻上チキさんのセッション22を聞いていたら、原一男監督が出ておりまして、いろいろと映画のお話をしていました。

で、「ゆきゆきて、神軍」は、見てないなと、せっかくの拝見。

うわぁ・・・・・・。


「アクト・オブ・キリング」や「ルック・オブ・サイレンス」を見て、「日本では撮れない映画だよな」と思っていたけど、ちゃんと、日本にもあったね。

無知って、恥ずかしい・・・・・。

二作品の感想。
今さら見た「アクト・オブ・キリング」の感想
まさかの続編「ルック・オブ・サイレンス」の感想


「アクト・オブ・キリング」は、加害者側のお話し。
「ルック・オブ・サイレンス」は、被害者側のお話し。

この、「ゆきゆきて、神軍」の独創的なところは、戦争犯罪を糾弾するというのがメインなんだけど、それを調査する奥崎謙三氏は、前科持ち。

なんだよ、この被害と加害の糾える縄の如し。


で、この奥崎謙三氏の個性が強くてね。

奥崎謙三 wiki

殺人を犯して、「昭和天皇パチンコ狙撃事件」「天皇ポルノビラ事件」「田中角栄に対する殺人予備罪」といった事件を起こしている。

天に唾する行為など屁とも思っていない。

いや、「天に唾する行為」の結果として、「自分は先生と呼ばれるようになった」と、自慢しているくらいでして・・・・・。

まぁ、つまりは、S2機関搭載型です。(又吉イエス氏も、同型のエンジンを積んでいると思われます)
外部からの情報・倫理・基準を必要としない論理的永久機関で動いている。


そんな人を、戦争犯罪の調査に向かわせるのだが、行く先々で、「ガチンコファイトクラブ」以上のガチンコな騒動が起こるわけでして。

まぁ、戦争という組織的な狂気に対して、個人の狂気で対抗しているのでしょうが・・・・・。


で、最終的には、元上官への怒りから、たまたま応対に出た、元上官の息子に発砲 → 殺人未遂で逮捕という衝撃。


今なら、「過激な映画をつくるため、キ◯ガイをけしかけて、人を傷つけた」という批判で、絶対に公開されないだろうなぁ。(当時も、もめたようです)


こちらのサイトでは、この映画について詳述しております。
ゆきゆきて神軍

が、文章読んでも、アレな空気感までは、やはり伝わってこない。

字や写真では、どうしても奥崎謙三氏の凄さは伝わりません。

動画でなくては、成り立たないのです。


そんなわけでして、ご興味を持った方は、是非、映像で御覧下さい。

ジェームズ・キャメロン監督の作品とは違う次元で、新しい映像体験が出来ることと思われます。

ゆきゆきて、神軍 [DVD]
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2015年11月6日金曜日

大和和紀「はいからさんが通る」の感想


温故知新で、昔の漫画でも読んでみるかと「はいからさんが通る」を読了。

感想としては、「古い!」。

まぁ40年前の連載だから、新しい方がおかしいのだが・・・・・。

時代は大正。
花村紅緒という、まだ高校生の女の子が主人公。

容姿は人並み、体型はスレンダー(貧乳)、家事(裁縫など)は苦手で、勉強はそこそこといったところ。

と、まぁ、個性的ではあるが、格別に「女」として秀でているところはないのだが、竹を割ったような性格のおかげで、大モテ。
四人の男性から、言い寄られます。


少年誌では、必ず掲載されている、ハーレムものと同じですな。

「我妻さんは俺のヨメ(12)」の感想
「我妻さんは俺のヨメ(13)(完)」の感想

読者からの共感を得るためには、主人公はスーパーマンであってはいけない。
でも、「なにもない」では、モテるわけがない。
だから「性格」によって、多くの異性を惚れさせる。

男も女も、結局、同じですな~。

「はいからさんが通る」で、主人公にほれる男は、もちろんイケメン。
しかも、10頭身? 9頭身? くらいの高身長。

男性向け漫画におけるヒロインが、「そんなオッパイ、存在しねーよ」と同じで、人間の欲望がストレートに出てますな~。


そして、少女漫画のお約束、「報われない幼馴染」。

「ベルサイユのばら」のアンドレと同じで、主人公の花村家の隣に住む藤枝蘭丸も、紅緒の眼中にはなし。

このパターンって、今の「ちはやふる」でも踏襲されていて、なにか、日本女性のDNAに刻まれているんですかね?
(王朝文学あたりに、起源があるのかな?)


で、まぁ、「記憶喪失」。

30年くらい前までは、まだ使われていたけど、さすがに、今は見なくなったな・・・・。

若人あきら(我修院達也)さんの失踪以降、ギャグにしかならない感じがするからね。(若人あきらさんの失踪は、病気だったらしいので、ご本人にしたら面白がられても困るでしょうが)


今読むと、「ベタやな~」と感じることが多いですが、まぁ、ここらへんで出来た基本線があって、それを乗り越えたり、進化させたりして、現在の作品があるのですから、当然なんでしょうな。


それにしても、青江冬星。

紅緒に尽くしながら、最終的には、彼女の幸せの為に身を引くという、典型的な噛ませ犬。

恋に破れた後、フランスで、たまたま出会った少年が、紅緒に瓜二つ。

いろいろありつつも、結局、彼を日本に引き取って養子にしてしまう。

で、冬星自身は、生涯独身を貫いた、とさ。

うーむ。
作品中では「友情」ということになっているけど・・・・・。

なんか、インモラルな臭いが。
だいたいにして、冬星は女嫌いという設定だしね。


そもそも、紅緒の幼馴染である蘭丸が女形であったりして、「男性だけど女らしい」。
対して、主人公は、剣技に自信があるような、「女性だけど男らしい」。

そこらへんにも、男女の垣根の曖昧さというのは、少女漫画の定番ネタ。


で、紅緒の「男勝り」は生得。だから、必要に迫られて、当時としては珍しい職業婦人になる。

でも、もともと「思想性」があるわけではないから、最終的には、専業主婦に収まってしまうのかな?


さらにツッコミを入れると、主人公の紅緒と、その婚約者「忍」。
彼らが結ばれる発端が、祖父母からの取り決めというであるんだから、まぁ、なんつーか、夢見る乙女的、ちょっと時代がかったロマンチシズム。

普通に考えれば、「自由恋愛万歳! 封建的な家の結婚反対!」になるはずが、この漫画では、肯定はしないにしても、否定もしないで終わってしまっている。

夢見る乙女(読者)からすると、「まぁ! 普通の私にも、運命の人が待っている(しかも、運命の人は、超絶イケメン)」ということでして、大正時代における女性の社会進出を描きつつも、なんつーか、やっぱり「時代」を感じました。


今なら、ちょっと違う描き方になるんだろうなぁ・・・・。

たとえば、連続テレビ小説の「花子とアン」なんかですと、同じく大正時代の職業婦人を描きながらも、仕事、恋愛、出産、子育ては、現代女性の先駆的な存在として描かれていたよなぁ~。

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2015年11月1日日曜日

「ガンダムTHE ORIGIN II 哀しみのアルテイシア」の先行配信が始まる



早いもので、もう「THE ORIGIN」の続編が出ましたね。

早速、鑑賞。

綺麗に動くね~。

以前の感想。
「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 1 青い瞳のキャスバル」の先行配信を見る

安彦良和さんの漫画を読んでいるんで、ストーリーはだいたい覚えている。
だから、悪い意味でも良い意味でも、驚きはなく。

強いて言うと、池田秀一さんの声は相変わらずカッコイイのだが、少年期を演じるのは無理があるかな、と、ちょっと思ったり。
幼年期なら仕方ないにしても、後年のシャア・アズナブル的な片鱗が見える少年時代には、やはり池田秀一さんの声を当てるしかないわけで、まぁ、仕方ないですな。


で、「後年のシャア・アズナブル的な片鱗」ですが、マザコン、シスコン、ファザコンが、どうしてつくられていったのか、改めて、よく分かる筋立てでした。

最終的には、アムロにもコンプレックスを抱いていたわけで、シャア・アズナブルとは、コンプレックスの複合体(コンプレックス)なんだな・・・・。


「ガンダムUC」のフル・フロンタルが、なんか物足りないな、と感じたのは、「これか!」と、思わないでも。(フル・フロンタルは、自分を「器」と言っているんだから、コンプレックスなんか、ないのだろうが)

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