2018年8月12日日曜日

上田慎一郎監督「カメラを止めるな」

ネタバレ、ほぼなし。


邦画界で話題沸騰の「カメラを止めるな」。
いや、もう「映画」という枠を越えて、ちょっとした社会現象と言ってもいいのでは?

そんなこともあってか、田舎の映画館でも上映が始まりまして、運良く休みも取れたので、初日に行ってきました。


平日13時開始の回でしたが、席は三分の一くらい埋まってました。
年齢層は六十代前後がメイン。
普段、そんなに映画館に足を運んでいるとは思えないタイプも多かったです。

もう社会現象なんですなぁ、と改めて実感。

「予算300万、撮影日数8日間」で、「無名監督」に「無名の役者陣」、これで「おもしろい」というのだから、いったいどんな映画なのか、一般人でも気になってしまうのは、当然でして、また、映画外のエピソード自体が映画に取り込まれてしまっているとういのは、名作や傑作には往々にあることで、「こりゃ、どんなにすごいんだろう」と期待して見始めたのですが・・・・・。

で、まぁ、「人の感想は絶対に聞くな!」「予告編は見ない方がいい!」「なんならポスターも回避せよ!」とまで言われておりますので、ネタバレなしで、ダラダラと感想を書くと、当初は、すごく戸惑いました。

「なんだ、これ?」

いや、実際につくろうとしたら、すげぇー大変なのは分かるけど、役者はぎこちないし、ストーリーは意味不明だし、やっぱり低予算がミエミエの絵だし。

てな感じで、当初は苦痛すらともなう鑑賞なんだけれども、ストーリーの進展にともなって、
  • 役者はぎこちない → それすら演技だった
  • ストーリーは意味不明 → すごい考え抜かれたお話し
ということが分かり、「うーん」と、うならされました。

「低予算がミエミエの絵」というのは、どうしたって逃れられないんだけど、でも、下手な絵の漫画でも、読み進めていくうちに、「これはこれで味だなぁ~」と思えてきて、最終的には、「このストーリーには、この絵なんだよ!」と納得することがあるように、この映画・物語には、やっぱり、この「チープ感」が合っている! ・・・・・と力説したいけど、やっぱり、製作者側としては、「もっと予算が欲しかったよ、そしたら、アレもコレも出来たのに」と思うだろうなぁ。

ただ、極端に解釈すれば、劇中の監督の置かれた立場・心情が、「チープ感」とシンクロしていると、言えないこともないが。

そもそもだ。
「ロッキー」が、実際のシルベスター・スタローンの境遇とシンクロしているように、この映画って、やっぱり上田慎一郎監督の怨念が生み出した作品であることは間違いないわけで、そして、映画のラストが全てのクリエーターに送る「祈り」であり、監督自身の願望の反映でもあり、しかも、インディーズ映画にあるまじき「大ヒット」によって、その「願い」は現実化しているわけで、そして、今この映画を、一観客として見るという行為自体が、その世界観の寄与に参画していることにもなるわけで、社会現象。


・・・・・・・意外に言及されていない気がするけど、この作品を見て、三谷幸喜監督の「ラヂオの時間」を思い出さなかった?
上田監督自身が、三谷幸喜監督をリスペクトしていることは公言しているので、ある意味、下敷きにしていたとしてもおかしくはないし、下敷きにしていたとしても、「カメラを止めるな」のオリジナル性が毀損するものではないけど。

特に、前述したことですが、多くの人は、冒頭からしばらくは戸惑うのでは?

普通(メジャー)であれば、「説明的なセリフ」や「説明的なシーン」を置いて、観客を救済するだろうけど、そこは、やっぱりインディーズ映画として「賭け」たわけで。(単純に予算の問題で、付け加えることが出来なかったのかもしれないが)

物語のカタルシスってのは、「ストレスの積立」と「解放」によって生み出されるのだが、今作の「冒頭の戸惑い」は、かなり大きな「ストレスの積立」になっている。

下手をすれば、観客にそっぽを向かれかねない「危険」はあるのだが、脚本の妙もあって、結果としては、この「賭け」に勝ったわけで、それだけに、すっかりハリウッド大作映画に甘やかされている多くの観客(自分も含めて)には「新鮮」だったということなんだろうなぁ。


昨今、どうしたって、ドル紙幣がフィルムの一コマ一コマに埋め込まれているような娯楽作ばかりになってしまいましたが(それはそれで楽しんだけど)、アイデアと情熱があれば、このようなエンターテイメントがつくれるというのは素晴らしいですなぁ~・・・・・・・なんだけれども、ここまで話題になってしまうと、上田監督、次回作は大変だろう。

当然、次はメジャーな舞台が用意されるに違いなく、俳優も女優も、有名所をチョイスできる・・・・・または、あてがわれるだろうし、インディーズらしい「賭け」も、そうそう何個もネタがあるわけもなく、さらには、あったとしても「危険」なわけで。
しかし、観客が期待するのは、「カメラを止めるな」の奇跡であって、しかし、毎度毎度、奇跡は起こるわけじゃないからね・・・・・・。

まぁ、そんな心配するのは、野暮ですけど。

by カエレバ

2018年8月3日金曜日

なぜ、今、杉田水脈議員は、このような袋叩きに合うのか?


可燃物 つくり続けて 幾星霜


さて、「新潮45」に掲載されたLGBTへの記事で、炎上した杉田水脈議員。

正直、これまでの彼女の「ご活躍」を知っている人間からすると、「えっ、いまさら!?」と戸惑いが隠せません。

杉田水脈議員の、これまでの、ある意味「華々しい戦歴」については、以下が、よくまとまっていました。
LGBT“生産性”発言で大炎上 自民党・杉田水脈の“脈々”と続く問題発言まとめ
(文春webの大山くまお氏のまとめは、簡潔ではあるけど、要点を逃していないので、いつも助かります)

↑こんな感じ。
世間では、今回の文章を暴走(暴言)と捉えられているようですが、古谷経衡氏も書いている通り、これまでの言動を知っている人間からすれば、杉田水脈議員的「通常運転」なんですよね。
杉田水脈議員はなぜLGBTを蔑視するのか?

にも、かかわらず、野党は当然として、自民党内からも批判が出ているわけで、「なんで、デモにまで発展しているんだ?」と、個人的には、違和感があったりします。


反安倍陣営のフラストレーション


一つには反安倍首相のフラストレーションが転化したのかな? とは思います。
森友学園問題での財務省の公文書改ざんをはじめ、政府に数々の問題・疑惑が発覚する異例ずくめの国会だったが、終わってみれば「安倍1強」の状況が崩れることはなかった。
(なぜ「安倍1強」を崩せなかった?「野党内抗争」立憲&国民の“こじらせ国会”)
野党・反安倍陣営としては、「働き方改革法から「裁量労働制の対象拡大」について撤回させた」くらいで、めぼしい成果もなく国会終了となり、その時期に飛び込んできた、「アレ」な内容の文章ということで、「あっちはダメだったけど、こっちはいったれやー」ということで燃え広がったのかなぁ~。

そもそも、杉田水脈議員は、安倍さんの後押しもあって、次世代の党(今の名前は、なんだっけ?)から自民党に鞍替えできたわけで。
ある意味、安倍首相の代わり、スケープゴートとして批判されている面は、否定できないのかな?

そもそも、野党に限らず、自民党内ですら、「国会が終了しているから、野党から直接には揚げ足とられないし」「そもそも自民党だってLGBTには寛容になりましょうという建前だし」「所詮、杉田議員は自民党一年生だし」ということで、なんか、楽しそうに・・・・・・とは言わないけど、安心して批判しているのは、同じく安倍首相への批判はできないけど、こいつなら大丈夫じゃーん、という、現内閣の政変運営へのフラストレーションが転化しているようにも見えますが、さて。


女として落ち度があった


後思うのは、先日のBBCで放映された「日本の恥」の影響。
安倍首相に近い記者と伊藤詩織さんの事件を扱った番組で、日本社会における性犯罪の現状を告発する内容でした。

天下の「BBC」が制作するのだから、どのようなテイストになるのか想像できそうなものですが、さすが杉田水脈議員、堂々と「女として落ち度があった」と、被害者を貶める発言をされていました。

「海外で評価されて、それが逆輸入されることで、国内でようやく認知される」というのは瑞穂の国のお約束でして。

かつて、杉田水脈議員のお仲間絵師「はすみとしこ」氏が、戦災から逃れる難民を愚弄する絵を作成、「海外で物議」→「日本国内でも認知」となりましたが、それをなぞるように杉田水脈議員自身も、BBCをちょっとかすってからの、ヤフーニュースのトップに連日に掲載されるという知名度を得るに到りました。

めでたくもあり めでたくもなし。


弱き者よ、汝の名は女なり


確かに、「これまでの積み重ね」「現政権へのフラストレーション」「海外デビュー」等々が重ねって、ここに来てコップの水が限界に達し、一気に「精算」となっているのは分かりつつも、過去、他にも、多くの「アレ」な発言をされた議員・大臣はいましたが、彼らは、その場限りのちょっとした批判で終わっていたのに、杉田水脈議員に限っては、ここまで炎上してしまったのは、残念ながら、「彼女が女性である」という日本社会の心底に流れる価値観によって、「女として落ち度があった」という判断が下されて、このような焼け野原になっているのではないかと考えたくなるのですが、当の杉田水脈議員自身が、「美しい国・日本は、男尊女尊の国!」としているので、まぁ、そんなことはないですね。すいません。


禍福は糾える縄の如し


杉田水脈議員のwikiを見ますと、前々回の選挙は、こんな感じ。
2014年の日本維新の会分党に伴い、次世代の党結党に参加、国対副委員長と女性局長に就任。同年12月14日の第47回衆議院議員総選挙に兵庫6区から次世代の党公認で出馬し、前回の選挙でも戦い敗れた自民党の現職大串正樹、民主党と共産党の新人候補と争い、3位の共産党新人候補に次ぐ最下位で落選した。
(杉田水脈 wiki)
特定の層には、だいぶ前から有名人ではありましたが、地元では、なかなか地盤を固めるまでには至ってないようです。

さて、組織力があてに出来ない状況、「当たり障りのない」主張では、単に埋没していくだけ。
政治に限らず、日本社会は、まだまだ男性中心の社会でして、杉田水脈議員が選んだのは、そこと対峙することではなく、むしろ、受容・称賛するという方法、・・・・・しかも、オブラートに包むなんて生易しいものではなく、極端に先鋭化。

それが、彼女の根っからの思想信条に根ざしているものなのか、それとも、ある程度「戦略的な方策」だったのかは、まぁ、分かりません。

某評論家は、杉田水脈議員の思想については、「典型的なネトウヨ」と評していますが、それだけに現代日本(の特定層)に受け入れやすかったのも事実。
男性社会の罪悪感を慰める、女性陣からの「問題なし」発言は、男女問わず、眉をひそめる人々も多かった反面、「ほら、この女性は、こんなことを言っている!」とカウンターを望む人々には熱烈に受け入れられました。

そして、その人気は、自民党総裁である安倍首相まで届いて、2017年には自民党から出馬、晴れて国会議員として返り咲くことに。

今回クローズアップされている、一連の「アレ」な言動というのは、一般的には「批判の対象」となっていますが、杉田水脈議員にとっては、努力の結晶であり、政治家としての土台であり、自民党所属の国会議員へ導いた功績なわけで、・・・・・・これを、自ら否定するのは、並大抵のことではないでしょう。

しかしながら、「(自分はまったく悪くないけど)世間をお騒がせしました」ということで離党というのも、・・・・・・・他に拾ってくれる有力な党があるとは思えないし、次の選挙、個人で勝ち残るのは、・・・・・・うーむ、なかなかねぇ。


で、結局は


二階幹事長からは「問題なし」のお墨付きをいったんはもらったものの、批判が鳴り止まん! ということで、

杉田水脈議員に自民党が指導 「配慮欠く」と異例の見解

と、まぁ、党の正式見解が出されて、さらなるダメ出しの、

首相「人権、多様性の尊重は当然」 杉田氏寄稿で苦言

引き立ててくれた恩人からもハシゴを外されてしまい、

杉田水脈氏がコメント「指導頂いた。真摯に受け止める」

さすがに、首相の顔に泥を塗るわけにはいかず、でも、「謝ってたまるか!」という底意の見えるコメントを発しました。(8/3昼の段階)

自民党としては、これで幕引きを図りたいし、野党・反安倍陣営としては「そうはさせまい」でしょうが、・・・・・まぁ、昨今の政治状況を見るに、党&個人としては「形式は踏みました」ということで、ボチボチ終わりなんだろうなぁ。


出るか、醜聞


昨日、杉田水脈議員のツイッターが久しぶりに更新されて、「まさか、ツイッターで反論か? そんなことをしたら、加計学園の加計理事長、日大の内田前監督、女子レスリングの栄前強化本部長(ボクシング連盟の山根会長も、この人々に入りそうです)の二の舞だぞ。どこぞの大学の理事長を見習って、ダンマリが一番なのに」と、嵐の予感に心かき乱されながらツイッターの内容を読んだら、・・・・・・いわゆる「文春砲」が炸裂したのね。

もしかしたら、杉田水脈議員の思想信条ではなく、醜聞によって、議員活動の継続は不可能になるのか? というのは勇み足。

記事の内容は不倫疑惑と育児軽視でしたが、不倫については写真があるわけでも、旦那のコメントがあるわけでもなく、あくまでも「噂」レベル。
育児にしても、国会議員というお忙しいお立場である以上、ある程度、人任せになってしまうのは当然。
もちろん、過去の彼女の言動との不一致に怒りを覚える人もいるでしょうが、もとより、日本の家族はコミンテルンによって危機にさらされているなんて陰謀論を唱えているくらいですから、個人的には「いまさらねぇ・・・・・・・」です。

かつて、田母神閣下が、都知事選でプチ旋風を巻き起こしたものの、選挙資金やらご家庭の問題でフェードアウトしていきましたが、この程度の内容では、議員辞職にまではならないでしょうね。(今後、追撃があれば、分かりませんけど・・・・・・)

(個人的には、文春砲よりも、
市民と取っ組み合い寸前 問題発言の杉田水脈議員、市職員時代から騒動
↑上記の、神戸新聞NEXTの方が、容赦ないと思いました)


若さ 若さってなんだ


杉田水脈議員としては、いまさら血肉となっている思想を捨て去ることもできないでしょうし、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、しばらく大人しくしてからの、また、例のアレなお仲間たちとインターネット放送に登場、「お勤め、ご苦労様でした」てな感じで乾杯、はすみとしこ氏から記念のイラストをもらってご満悦、という動画が公開されるという未来が容易に想像できますが、防衛省に限らず稲田朋美議員の大臣再起用はなかなか難しいのと同じで、ここまで「箔」がついてしまうと、「政治家」としては、この件が、一つの区切りなのかなぁ。

しかし、
「若さ、若さってなんだ? 振り向かないことさ」
「若さ 若さってなんだ? あきらめないことさ」
ということなので、頑張ってください。

トランプさんが世界一の権力者に上り詰める時代です、なにがどうなるか、分かりませんからね!