2015年11月6日金曜日

大和和紀「はいからさんが通る」の感想


温故知新で、昔の漫画でも読んでみるかと「はいからさんが通る」を読了。

感想としては、「古い!」。

まぁ40年前の連載だから、新しい方がおかしいのだが・・・・・。

時代は大正。
花村紅緒という、まだ高校生の女の子が主人公。

容姿は人並み、体型はスレンダー(貧乳)、家事(裁縫など)は苦手で、勉強はそこそこといったところ。

と、まぁ、個性的ではあるが、格別に「女」として秀でているところはないのだが、竹を割ったような性格のおかげで、大モテ。
四人の男性から、言い寄られます。


少年誌では、必ず掲載されている、ハーレムものと同じですな。

「我妻さんは俺のヨメ(12)」の感想
「我妻さんは俺のヨメ(13)(完)」の感想

読者からの共感を得るためには、主人公はスーパーマンであってはいけない。
でも、「なにもない」では、モテるわけがない。
だから「性格」によって、多くの異性を惚れさせる。

男も女も、結局、同じですな~。

「はいからさんが通る」で、主人公にほれる男は、もちろんイケメン。
しかも、10頭身? 9頭身? くらいの高身長。

男性向け漫画におけるヒロインが、「そんなオッパイ、存在しねーよ」と同じで、人間の欲望がストレートに出てますな~。


そして、少女漫画のお約束、「報われない幼馴染」。

「ベルサイユのばら」のアンドレと同じで、主人公の花村家の隣に住む藤枝蘭丸も、紅緒の眼中にはなし。

このパターンって、今の「ちはやふる」でも踏襲されていて、なにか、日本女性のDNAに刻まれているんですかね?
(王朝文学あたりに、起源があるのかな?)


で、まぁ、「記憶喪失」。

30年くらい前までは、まだ使われていたけど、さすがに、今は見なくなったな・・・・。

若人あきら(我修院達也)さんの失踪以降、ギャグにしかならない感じがするからね。(若人あきらさんの失踪は、病気だったらしいので、ご本人にしたら面白がられても困るでしょうが)


今読むと、「ベタやな~」と感じることが多いですが、まぁ、ここらへんで出来た基本線があって、それを乗り越えたり、進化させたりして、現在の作品があるのですから、当然なんでしょうな。


それにしても、青江冬星。

紅緒に尽くしながら、最終的には、彼女の幸せの為に身を引くという、典型的な噛ませ犬。

恋に破れた後、フランスで、たまたま出会った少年が、紅緒に瓜二つ。

いろいろありつつも、結局、彼を日本に引き取って養子にしてしまう。

で、冬星自身は、生涯独身を貫いた、とさ。

うーむ。
作品中では「友情」ということになっているけど・・・・・。

なんか、インモラルな臭いが。
だいたいにして、冬星は女嫌いという設定だしね。


そもそも、紅緒の幼馴染である蘭丸が女形であったりして、「男性だけど女らしい」。
対して、主人公は、剣技に自信があるような、「女性だけど男らしい」。

そこらへんにも、男女の垣根の曖昧さというのは、少女漫画の定番ネタ。


で、紅緒の「男勝り」は生得。だから、必要に迫られて、当時としては珍しい職業婦人になる。

でも、もともと「思想性」があるわけではないから、最終的には、専業主婦に収まってしまうのかな?


さらにツッコミを入れると、主人公の紅緒と、その婚約者「忍」。
彼らが結ばれる発端が、祖父母からの取り決めというであるんだから、まぁ、なんつーか、夢見る乙女的、ちょっと時代がかったロマンチシズム。

普通に考えれば、「自由恋愛万歳! 封建的な家の結婚反対!」になるはずが、この漫画では、肯定はしないにしても、否定もしないで終わってしまっている。

夢見る乙女(読者)からすると、「まぁ! 普通の私にも、運命の人が待っている(しかも、運命の人は、超絶イケメン)」ということでして、大正時代における女性の社会進出を描きつつも、なんつーか、やっぱり「時代」を感じました。


今なら、ちょっと違う描き方になるんだろうなぁ・・・・。

たとえば、連続テレビ小説の「花子とアン」なんかですと、同じく大正時代の職業婦人を描きながらも、仕事、恋愛、出産、子育ては、現代女性の先駆的な存在として描かれていたよなぁ~。

はいからさんが通る 全4巻セット 講談社漫画文庫
by カエレバ

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