2016年2月29日月曜日

「健康で文化的な最低限度の生活」1巻から3巻の感想

日本国憲法にある「健康で文化的な最低限度の生活」という文言をタイトルにしたことから予想がつくように、生活保護をテーマにした漫画。

主人公の「えみる」は、社会人一年生で、初めての仕事として福祉事務所に配属される。

頼れる先輩、有能な同輩、問題を抱えた受給者などなどと接していくうちに、えみるは、生活保護の実態を学んでいくのであった・・・・・。


ここらへんの、読者とペーペーの主人公が一緒になって、テーマを学んでいくというのは、お仕事漫画のお約束。

絵は、以前、スピリッツで連載していたころは、エロい漫画(「花園メリーゴーランド」)で、泥臭かったなぁ。
こちらは、すっきり見易くなっております。(前作は、敢えて泥臭くしていたのかもしれませんが)

展開も丁寧で分かり易い。


・・・・・題材が題材ですからね。丁寧に描かないと、えらいことになるからなぁ・・・・・・。


又聞きも含めて、実際に福祉事務所で、生活保護関連の仕事をしていた人のお話を聞いたことがあります。

ぶっちゃけ、「社会的な弱者を助けるというと綺麗に聞こえるけど、そんな甘い仕事じゃないないよ」てなことを述べておりました。

高校の同級生は、お金でもめたらしく(細かい理由は聞いてませんが、支給を打ち切ったようです)、その後、つきまとまわれて、心身に危害を加えられるのではないかと怯える生活が続いたと言っていたなぁ。


まぁ、その、どうしたって、「どうにもならんな」という人は、いるわけでして。

ネットやら雑誌やらですと、ここらへんの「どうにもならんな」という事例が取り上げられて、「ほーれ、生活保護受給者っていう奴等は、アレなんだよ」という論調になりがちなのは、人の世ですから致し方ないこと。


で、「健康で文化的な最低限度の生活」ですが、決して「絶対的な弱者 = 善」という書き方はしていないし、また一方で、「税金で食わしてもらっている人(生活保護受給者)が悪い」にも寄ることはない。

「いろいろな事情をもった人間」として、マンガらしく時にコミカルに、時に同情的に描いている。


丁寧に取材をしてつくられているのが読んでいて分かるタイプのマンガですので、実際のところ、「こりゃ、どうにもならん人だな」というエピソードも、たくさん集まっているんでしょうけど。
まぁそこらへんを書いても、ある種の人々の溜飲を下げるような内容にはなったとしても、建設的とは言い難いからねー。


で、「いろいろな事情をもった人間」に対して、生活保護というシステムは、所詮、システムなわけで。

万能ではなく、限界がある。

「いろいろな事情をもった人間」と「システムの限界」に、葛藤が生まれ、そこの物語の生まれる余地があるわけでして。

そこらへんが、うまーく融合されて話は展開するので、物語を楽しみつつ、生活保護についても自然と学べるようになっていました。

[まとめ買い] 健康で文化的な最低限度の生活
by カエレバ

2016年2月21日日曜日

映画「オデッセイ」は、「アポロ13」と「サバイバル」成分で出来上がっている



今冬、前半の大作は「スター・ウォーズ」ですが、後半は、この「オデッセイ」では?

で、見てきました。

ざっくりとした感想としては、タイトルに書いた通りですが、トム・ハンクスさん主演「アポロ13」と、さいとう・たかを先生の「サバイバル」を足して2で割った、と言うよりは、1.75くらいで割った感じ。

うまく融合していたと思いますけどね。





さて、ストーリー。

火星に一人で置いてきぼりの主人公は、いろいろな難題に直面。

でも、持ち前の知恵でもって、解決。

徐々に生活は上向いてくるが、ほどよいタイミングで、これまで築いてきた環境が破壊される。

が、破滅的ではなく、「ほどよく」破壊されるのは、まぁ、お約束ということで。


二年前の「ゼロ・グラビティ」も、宇宙での事故から生還するお話し。

ひどく暗い主人公でしたが、「オデッセイ」の主人公は、むしろ陽気。

「そんな状況下で、よく冗談を言っていられるな!?」と思うくらいに、陽気です。

また、地球にいる家族や友人との関係性を、ばっさりカットしているんですよね。
そういう描写が、ほとんどない。

湿っぽくならない為の配慮なんだろうなぁ。


また、悪役らしい悪役もいなくてね。

NASAの長官が、ちょくちょく邪魔をするけど、組織の長として理解できる程度の邪魔。

宇宙開発のライバルである中国も登場するけど、あくまでも救世主。

ちょっと小馬鹿にするシーンはあるけど、基本としては善玉として扱われている。(ハリウッドにとって、中国市場は大切だからね)


というわけで、映画全体としては、切迫感や悲壮感が薄い。
安心して見られるのだが、・・・・・・サバイバルを主軸にした物語では必要不可欠なはずの、ひりつくような孤独感はなかった。


なので、火星やら宇宙船、居住空間などは、ハリウッド大作らしい完璧な絵なのに、物語全体には、なんかリアリティがなくてね。

「カラッとしていて、いいじゃない?」と評価できるのだろうが、・・・・・・数ヶ月したら、内容を、すっかり忘れてしまっていそうだなぁ。

プロジェクトX的な物語が好きな人は、気にいると思います。


火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)
by カエレバ

2016年2月17日水曜日

芥文絵「妹ができました。」の感想



なんとなく表紙の絵で手に取ってみた、短編集。

ストーリーは、だいたい似た傾向。

二人の女性の微妙な関係からスタート。

ちょっとした事件が発生。

それが契機になって理解が深まり、最終的には、二人は仲良くなれましたとハッピーエンド。


絵は綺麗なんだが、最近の作家さんは、どの人も、これくらい書けるからね。(PCで制作がメインになって、より緻密な絵が増えたよね・・・・・)

これだけでは差別化ができないから大変だろうなぁ。


そう言えば、こんな話もあったな・・・・・。

「原稿料上げて」嘆願の声届かず... ほとんどマンガ家は単行本収入がないと赤字!?

手間隙掛けて、それが売上に比例するわけじゃないからなぁ・・・・・・。


妹ができました。 (ウィングス・コミックス)
by カエレバ

2016年2月12日金曜日

茜田千「さらば、佳き日1」感想



あらすじ。

アパートに引っ越してきた若いカップル。

一見、普通に見えるが、言動の端々から察するに、なにか秘密を隠しているよう。どうも、ぎこちない。

話が進んでいくと、二人は実の兄妹であることが読者にも分かる。

彼らは、血がつながっているにもかかわらず、恋人でもあった・・・・・。


梗概だけですと、エロ漫画? エロゲー? とも思われてしまいそうですが、表紙のように、絵は見易く、さわやか。

で、仮に、プラトニックな関係を維持しているなら、重度のシスコン・ブラコンで「まっ、いいっか!」と誤魔化せるのだろうが、もうエッチはしているご様子。


うーむ。

肉体関係をもった兄妹に対して、読者に同情心を抱かせるような展開と、美しいビジュアル。

愛し合っている二人を阻むものとして、社会の近親姦タブーを描いているわけでして。

背徳ですら、物語を盛り上げる核に添えてしまう日本漫画・サブカルの懐の広さというか、いい加減というか、貪欲というか。

日本人は未来に生きてんな」と、日本人の自分でも言いたくなってしまうね。


さらば、佳き日1<さらば、佳き日> (it COMICS)
by カエレバ

2016年2月8日月曜日

森薫「エマ」の感想



出張中の新幹線内で、なんか読んでしまおうと、森薫さんの「エマ」を選択。

全10巻。

なので、7巻を読んでいて、「そろそろ終わりそうな雰囲気もあるが、ここで、また一波乱あるのか・・・・・」と覚悟していたら、サクッと終了。

残りの3巻は番外編。
・・・・・・肩透かし。


まぁ、面白かったですけどね。


以下、ネタバレ。

冒頭は、こんな感じ。

身寄りのないエマは、偶然、家庭教師を生業にしていたケリーに拾われる。

そこで、メイドとして働きつつ、彼女から教育を施される。

それから数年、エマは美しく成長。性格は控え目で、仕事熱心。
多くの男性から求愛されるものの、彼女の心が動くことはなかった。

慎ましやかな生活に満足していたのだが、ある日、ケリーの教え子だったウィリアムが訪ねてくる。

ウィリアムは、資産家の息子。エマに好意を持つが、そのことを、率直に伝えることはできない。
エマにしても、素朴で飾り気のないウィリアムに好感を持つが、身分違いから、自分から踏み出すことはできなかった。

しかし、二人は、ゆっくりと自分たちの気持ちを確かめ合っていき・・・・・・。


「今時、金持ちと貧乏人の恋とは・・・・・・」と思わんでもないですが、森薫さんの密度の濃い絵と、時に「そこまで必要か?」というレベルまで到達した生活風景の細やかな描写、漫画らしい個性的なキャラクター、そして、嫌味がなく好感度の高いエマとウィリアムの二人が、いろいろな障害を乗り越えて愛を手に入れる過程を、ニヤニヤしながら見てしまいます。


それにしても、政治性が皆無な作品ね。


たとえば、今期の朝ドラ「あさが来た」なんかだと、男性社会における女性の働き方を描いており、時代設定は江戸末期から明治なのだが、物語の主題は現代的。

男性主導の社会において、女性は、どう生きるべきか? ということが繰り返されます。

まぁ、朝ドラでは鉄板ネタだけどね。

でも、従来のモチーフから、一歩進んだのは、主人公の「あさ」が、炭鉱に拳銃を持って乗り込んでいくエピソードが象徴していて、彼女は、一旦は暴力によって炭鉱夫の暴動を抑えつけるけど、最終的には、その方法を放棄している。

男根を象徴するかのような拳銃ではなく、独自の女性的なアプローチを経て、炭鉱夫を従えるという流れは、単に男性社会で生きる女性のサバイバル術を指南しているのではなく、凝り固まった現代社会が女性の進出によって、新しい世界を創造していく、・・・・・・というか、そうあって欲しいという作り手の願いが、よくあらわれているエピソードでした。


で、「エマ」。

1890年代のイギリス。
まだまだ職業婦人などが珍しい時代において、主人公がメイドというのであれば、男性社会における働く女性の立場がクローズアップされそうですが、特になし。

また、ウィリアムにはインド王族の友人がいるのだが、そこで宗主国と植民地という力関係はなく、いたって仲が良い。
むしろ、インド王族は押しが強く、ウィリアムが押されているくらいでして・・・・。

また、身分違いの恋というのは、格差社会という大前提があるわけで、二人の恋の成就によって、この解決方法が示唆される・・・・・・てなこともなし。(逆に言うと、悲恋で終わらせることで、問題が浮かび上がってくるなんてこともない)

いくらでも説教臭いお話に転落しそうなものなんだが、そうはならない。


途中までは、「ウィリアムは資産家の立場を捨てて、エマと市井の一庶民と生きる道を選ぶのかな?」と予想していたけど、・・・・・・・そうはならず。

結局、ウィリアムは、資産家のまま。
エマは玉の輿。

時間は必要としていたけど、二人は、多くの知人、親戚の賛同を得て結婚、幸せに暮らしましたとさ、めでたし、めでたし。

失うものは、なんもないんかい。

うーむ。


二人の最大の障害である「格差」なんだが、それを制度、環境として描くことは控えられていて、キャンベル子爵という悪役に集約してしまっているあたりが、・・・・・・まぁ、作者の個性というか、女性的というか。

メルダース家なんかは、「こんな楽しそうな職場なら、メイドや従僕として働きたいよ」と思わせるような、漫画らしいユートピアとして描かれている(マンガトピアとでも、名付けましょうか?)。


まぁね。
物語は物語。

政治性や社会性があるから、いい作品になるとは限らないしね。

不幸になる人間は少ない、女性らしい優しい終わり方で、読後に安心して眠れる作品でした。


エマ 全10巻 完結セット (Beam comix)
by カエレバ

2016年2月7日日曜日

ジョニー・デップ主演「ブラック・スキャンダル」



ジョニー・デップの演技が秀逸だと聞いて、見ました「ブラック・スキャンダル」。
(と言っても、ジョニー・デップの作品は、あんま見たことないんですが・・・・・・)

見終わった感想ですが、評判通り。
ジョニー・デップが、チンピラから成り上がった冷酷なギャングのボスを好演(?)しておりました。

・・・・・・ではあったけど、それ以外は、いまいち、ウリがない、か?

数ヶ月したら、さくっと内容を忘れていそうだなぁ。


以下、ネタバレ。

予告編を見たら分かる通り、ギャング、FBIの捜査官、政治家の三人が、互いに協力して、各々の世界でのし上がっていくというお話し。

と思ったら、政治家は、ほとんど絡んでこない。

むしろ、適当に距離を維持している。

なので、ジョニー・デップが演じるギャングのバルジャーとFBIの捜査官の、共同戦線が物語の骨子になります。(政治家のモデルになった人はご存命ということなので、そこらへん配慮せざる得なかったのか?)


映画が始まると、まずバルジャーのかつての部下の顔が映し出されます。
彼と、もう一人の男の会話から、司法取引の最中であることが、徐々に分かってくる。
そして、かつの部下は、ボスの犯罪を告白、そこから過去のシーンにつながっていく・・・・・。

この流れってのが、冒頭だけでなく、何度も多用されてね。

「なんか、しつこいね。物語の流れを、ぶった切ってない?」と訝っていたけど、よくよく考えると、主人公であるバルジャーからして、FBIへの情報提供者。

で、バルジャーと捜査官の転落も、新聞へのリークから始まり、そして、逃亡の末、逮捕されるラストも匿名の情報提供によってなされているわけで。

つまりは、徹頭徹尾、「密告」で成り立っている映画。

だから、取り調べのシーンが、くどいくらいに登場するんだろうなぁ。


よくあるパターンとしては、この「密告」について、登場人物の一人に、哲学的な含蓄のある考察を述べさせたりするんだけどね。

または、映画の冒頭に、「密告」にまつわる偉人の格言や聖書からの引用がバーンと画面いっぱいに映し出される、とか。

すると、映画全体に深みを及ぼし、見終わった後には、人間の真理を垣間見たような気分になれる・・・・・・。


でも、そういうのは、なかった。

衒学的で、説教臭くもなってしまうから、やりたくなかったのか?


とりたてて揚げ足を取るような箇所もない、よく出来た重厚な作品なんだけれども、もう一歩物足りない感じがしたなぁ。

ジョニー・デップのファンであれば、今までとは違う演技が見れて、面白いのだろうけど。


ブラック・スキャンダル (角川文庫)
by カエレバ

2016年2月5日金曜日

青山七恵「ひとり日和」


自然な文体で、大きな事件も起きず、極端な人間も登場しないで、なんとなく流れていく時間。

「普通」を描きならも、最終的には日常にある「老い」や「将来」に対する不安感をいぶり出していく作品でした。

いかにも、「若い女性の感性」だよね。

集中のある人なら、一時間くらいで読めるんじゃないかな?

あまり気負った小説を読みたくない時には、ほどよい感じ。

ひとり日和 (河出文庫)
by カエレバ