2018年6月30日土曜日

なぜ安倍晋三氏は、こんなにも愛されるのか?

2018年4月、5月、6月と安倍内閣の不支持率が支持を上回っていましたが、7月を前にして、どうやら持ち直しているようです。

NHK世論調査 内閣支持率 _ NHK選挙WEB


内政


現在、国会の会期延長で、もっぱら注目されるのは、「高プロ」や「カジノ法案」。
どちらも自民党が推しているものの、国民には不人気な政策。

しかもゲリマンダー降臨! と、ばかりに、自党の都合優先の選挙制度改革まで飛び出してきて、本来なら、いっそう支持率が下がりそうな要因が散見されるのが現状。

「6増」野党対案で攻防 自民案に公明慎重


外交


長期政権のおかげで、近年では、もっとも継続性をもって取り掛かれた外交。
トランプ大統領の就任前から駆けつけ、いち早く友好関係を築くことに成功。
四方八方に敵だらけのトランプ大統領にとっては、貴重(?)、数少ない(?)親トランプな首脳です。
「なんと情けない!」「ケツ舐めだ!」という意見もありますが、EU諸国などとは違い、中国・北朝鮮・ロシアといった政治体制を異にする国々に囲まれ、他には、お互いに好感は持っているけど国未満な台湾、どうしても歴史的なしがらみが残っている韓国という環境下にあるわけで、まぁ、どんな大統領が出てこようと、アメリカと強固な関係を維持するのは最優先の現実的な方策とならざる得ないわけでして。

なんだけれども、いじらしい奉仕を、まったく意に介していないトランプ大統領。

「出し抜いて笑っている」トランプ節で安倍総理を…
トランプ氏「日本に移民送れば晋三は退陣」 G7で暴言

北朝鮮非核化の請求書は「日本と韓国に回せ」と広言。
メロリンQ氏から、「どうすんの、これ?」と問われて、トランプ氏の顔をつぶすわけにはいかないけど、「仕方ないでしょ」と唯々諾々と追認するわけにもいかず、「どこがどう負担するかを協議する段階ではない。互いの国といろんな指摘をし合うことは非生産的だ」と、とりあえず、当たり障りのないコメントでお茶を濁すしか手はないわけでして。
つらいですな~。

非核化、費用分担議論は非生産的=安倍首相

そんだけ気を使っているのに、やっぱりトランプ関税の対象から逃れることができない。
まぁ、異形の大統領だから、どうしようもないのは理解できますが・・・・・。

米朝の歴史的な政治ショーとなったトランプ・金正恩の会談が、韓国の文在寅大統領による根回しの成果であることは否定できないわけで、奇妙な玉突きで、これまで険悪だった中朝関係も改善、中国の習近平氏としては、まんまと米韓軍事演習中断という果実を手に入れているわけで、そんな中、「日本は?」。

一時期、会談の中止がトランプ大統領から発表されて、日本政府は、いち早く「会談中止を支持する!」と、大喜びで? で意見表明したら、単なるトランプ流のブラフに過ぎず、数日後には、あっさりと「会談するよー」となってしまい、日本政府の面目丸つぶれなんだが、それすら話題にならず。

それでも、「日本蚊帳の外」論は、間違っている! という論陣を貼っている方もいらっしゃいますが、

北朝鮮、「ありもしない拉致問題」と日本を非難

てな感じ。
蚊帳の外なのか内なのか、どちらにいるのかは分かりませんが、「実益」は得たとは言い難いのではないでしょうか?
(とりあえず、米朝の戦争が遠のいたは立派な実益ですが、日本政府の努力の結果と言い張るのは、なかなか難しいのでは・・・・・・)

また、サミットに関しても、

「G7で安倍首相が大活躍!」ということなので、海外主要メディアのG7報道で総理の名前を探してみた。「ABE」の名は?

まぁーねー、トランプ大統領の暴走を前に、どうしたってかすんじゃうよね。

いろいろな見方があるのは承知しておりますが、ここ最近の外交に関しては、誰もが納得できるような「得点をあげた!」と声高に主張するのは、ちょっと無理かな?

まぁ、甘めに見ても、「失点はない」てな感じでしょうね。


なんだかんだ言っても経済


さて、内政にしても外交にしても、とりたてて眼を見張るような成果が直近では見られないのですが、一方で、相変わらず、モリカケ問題では、ちょろちょろと新情報が出てきて、失血が止まらない。
でも、支持率は増加傾向。

この流れ、面白いもんだなぁと見てはおりますが、さて、どうしてなんでしょうね?


17年度の国の税収、58兆円台後半 26年ぶり高水準

地方に住んでいる身としては、あまり実感ができないのですが、消費税を上げたわけでもなく税収が増えているのは、やっぱり景気が良いんですねー。
  • 民主党政権の後半から景気は回復傾向だった
  • 失業率の低下は、団塊の世代が退職したから
  • 富裕層だけが得した
  • トリクルダウンが、起こんねーよ
  • 可処分所得は減っている
  • 貧富の差が拡大
  • 子供の貧困が広がった
  • 円安誘導で大企業は潤ったが、日用品は高騰した
  • 財政規律、どうなってる?
まぁ、いろいろと文句はあるのでしょうが、「アベノミクス」という言葉につられて、中国「リコノミクス」、韓国「クネノミクス」、アメリカ「トランプノミクス」なんて言われたように、やっぱりある程度、成果があった証左なんですかね。

今後の影響も含めて、客観的に数字が検証されるのは、10年20年どころか、下手すれば50年後100年後かもしれないわけで、とりあえず政治に必要なのは、現在の「実感」。

正直、高度経済成長やらバブル期を知っているオッサン連中からすれば、「コレ・・・・!?」という失望感はあるのでしょうが、それでも小泉政権以降では、唯一、「政権が主導して景気回復に至った」というイメージづくりに成功したのでは?

海外に目を向ければ、トランプ氏にしても、あれだけシッチャカメッチャカでも、やっぱり好景気だから「まぁいいか」と40パーセン前後の支持率を維持できているわけで、しかも、本人は自分の手柄にしているけど、所詮、オバマ前大統領の八年間の成果の上に成り立っているに過ぎないのに比べて、やはりアベノミクス以前と以後とでは、明確な線引ができるわけで、そういう意味でも、「経済」は、安倍政権にとっては、大きな貯金ということなのでしょう。


野党がだらしない


民主党政権の失敗以降、どうしても、大きな絵が描けないでいるのが野党(民主党の残党)の現状。

「共産党は?」って、いまさら共産革命を実現されてもねぇ・・・・・。

「維新の会は?」って、地方政党としては十分に成功・差別化できたのかもしれないけど、国政では、どうにもこうにも特色が出ないね・・・・・(個人的には、いろいろな意味において、足立康史議員が、十年後二十年後、どうなっていくのか楽しみですが)。

と、まぁ、なかなか厳しいのではあるが、しかし、麻生政権の自民党が下野したのは民主党への風が吹いた結果ではあったけど、民主党が下野したのは、政権運営に対しての失望からで、決して自民党待望論が醸成されていたわけではなかったし(「棚ぼた」というのは、当時の自民党も自覚していましたよね)、ましてや、野党時代の自民党は谷垣さんが中心、政権復帰に際しても、総裁選において地方票は石破茂氏の方が多く、当時のイメージでは、自民党員及び党員外でも「えっ、安倍さん、また出るの?」だった気がします。

安倍氏には、一部にコアな支持層がいるのは当時も今も変わりはありませんが、自民党支持者ですら、決して深く支持していたわけではなかったのが民主党から自民党へ政権交代した当時の状況では?

第二次安倍内閣について、特に、ここ一年くらいは、「他に人がいない」という支持理由が挙げられることが多いですが、これは半分、嘘ですよね。

「野党がしょーもない」というのはさておき、与党内には、石破茂氏、小泉進次郎氏、岸田文雄氏、野田聖子氏、河野太郎氏と、まぁ適当に人材はいるわけで。
実際に首相になって、どこまで成果を出せるのは分かりませんが、それは安倍首相が返り咲いた時も同じ。むしろ、「また!?」とか、「あぁ一年で終わるな・・・・・」とすら感じた人も多かったはず。
さらには、海の物とも山の物ともつかぬ民主党に期待をした当時よりは、上述のポスト安倍人材なら、ギャンブル性は大分下がるかと。(年齢を云々するのは年寄り臭いですが、小泉進次郎氏は、まだ若い過ぎると思います)

「モリカケ、納得した?」と聞かれると、国民の大多数は、「いや納得していない」と答えるけど、支持率としては、40パーセント前後は確保できてしまう。

重箱の隅をつつけば、現在の生活に、そりゃ文句がないわけではない。
「モリカケはダメだけど」と思いつつも、また不支持の理由として、「人柄が信用できない」などと言われてしまうように、決して、小泉首相や小渕首相のようにキャラクターが愛されているとは言い難いが、第二次安倍内閣における五年の政権運営、及び、好調な(?)経済に、けっこうな割合の国民は、満足している or 評価しているということなんでしょうねー。


やっぱりお友達


まぁ、「なんだかんだで第二次安倍内閣の治世は評価されている」ではあるけれども、いつまで経っても解決しない「モリカケ問題」。
なので、新情報が出ると、「支持率急落!」にはなるのだが、どうにかこうにか 言い訳 説明していると、そのうちに支持率はジリジリと戻る・・・・・・、なんだけれども、官僚・検察内部に不満が渦巻いているので、内部情報がやっぱりリークされて、の繰り返し。

さて、「いつまでモリカケやっているんだ!」は、いつまで続くやら。

森友に「収賄的関与ない」=安倍首相、説明を修正-ごみ撤去費、1.5億円増
安倍晋三首相は28日の衆院予算委員会集中審議で、学校法人「森友学園」の問題への自身や妻の昭恵氏の関与の有無について「お金のやりとりがあって、頼まれて行政に働き掛けをした、という意味での関わり合いはしていない」と述べた。収賄に問われるような関わりはないとの趣旨で、従来の説明を修正した。
親・安倍首相な立場な方からは、「一連のスキャンダルは、刑事事件ではないのだから、問題ない」論は、ちょくちょく耳にするのですが(例「セクハラ罪はない」)、いろいろご準備が必要になったのか、安倍首相からも「金品の授受がないからOK」論が出てきたのが今年の五月。

反・安倍首相な立場な方からは、「ゴールポスト、勝手に動かしたよ」「最終防衛ラインを自分で変更した」などと揶揄されました。

どんな証言・書類が出てきても、おそらく、このラインを割ることは決してない自信(?)からの発言だと思いまし、もしかしたら、だから大多数の国民から許されているのかなぁ、などと思ったりもします。

普通、「政治家が行政の中立性を犯した」てな案件は、見返りが「金」です。

でも、「モリカケ」に限らず、山口敬之氏による疑惑にしても、少なくとも、安倍首相には、まったく、「金」の臭いがしてこない。

それどころか、森友学園の籠池前理事長にいたっては、「100万円、寄付をしてもらった」とまで言っているわけで(真実は分かりませんが)。

加計理事長との「ゴルフ」やら「会食」でもって、「贈収賄だ!」とするのは、素人から見ても無理筋でして、「モリ」にしても「カケ」にしても、権力側の「動機」が「金」に集約されてしまわない以上、不思議と「清廉」性が維持できてしまっているわけで、だからこそ、「コアな支持層」は、どんなスキャンダルが起きても、意気軒昂に、「問題ないのだ!」と、あの手この手の 屁理屈 論理でもって擁護の論陣を張るのかなぁ~などと思ったりします。

では、「金」ではないとすると、なにが、権力側の「動機」なんだろうとかというと、それこそ、右側の人々が好みがちな「内向きの関係性」が大きく影響しているわけで、とりあえず、森友学園問題。

「安倍昭恵夫人の行政への介入があったのではないだろうか?」という疑惑。
それまで、ゴタゴタがなかったわけではありませんが、あくまでも政策を巡る混乱であり、「安倍首相の統治能力への疑義」には発展しなかったのですが、この疑惑以降は、「統治能力」を超えて、「統治の正当性」すら疑われる事態に至っています。

で、森友学園。
一部の好事家からは、「幼稚園児に軍歌を歌わせているぞ!? いいんか、それ!?」と有名でした。

そんな、ゴリゴリに右な学園の名誉校長が首相夫人が就任なわけで、それ自体が、「アレ」なんですが、ここで面白いのは、かつては、左派陣営からは、安倍昭恵夫人は「家庭内野党」などと評価されているんですよね。
しかも、本人、そのような立ち位置に、満更でもなかったご様子。

安倍首相夫人が「アベ政治を許さない」ロゴと仰天コラボ! 「合成写真かと思った」「器、大きすぎ」とネット騒然

こんなふうに左派陣営に鼻薬を効かせる一方で、ゴリゴリに右な学園の名誉職に就いていたという、奇っ怪な股裂き。
これが深慮遠謀の末の行動だとすると、そら恐ろしいのだけれども・・・・・よくネットで使われる「右でも左でもない」は、片方の立場を代弁する際の枕詞ですが、夫人に関しては、まさしく、その枕詞通り、まるでSNSでネコやイヌの写真にポンポンと「いいね」を押してしまうような軽さでもって、一連の行為に至ってしまっているとしか思えず、それを「軽快」とするか、「軽薄」とするか。

加計学園疑惑にしても、そこには重たげな金銭授受は見受けられず、「腹心の友」という言葉だけが、この疑惑の発端にして結論になってしまうわけで、素朴な関係性だけが原動力になり100億という金が動いている、やはり「軽さ」。

権力を持っている側に、「実益」が還流されることがない。
「動機づけ」が、「承認欲求」や「極めて狭い友情」しか出てこないわけで、「金品」や「名誉」ではなく、人間と人間の関係性によって、一連の騒動や疑惑が引き起こされているところが、なんつーか「現代的」ではあるのですが、さて、いつつまで続くんですかねー、とりあえず、まぁみんな、がんばって生きましょう。

2018年5月19日土曜日

千眼美子さん復帰&大川ジュニア様主演「さらば青春、されど青春。」



「お祭り映画」と評される作品があります。

公開される前から、多くのファンから「あーでもない」「こーでもない」と議論百出、ちょっとした情報やら撮影風景のリーク、根拠不十分ながら妙に説得力のある噂話が浮上しては歓声やら悲鳴があがり、その作品を象徴する、または単に著名な映画館の前には、数週間前からテントを張って並び始めるファン、ついに映画公開となれば、SNS上では、やはり多くの人々が論評やら感想をアップ、時に感心され、時に「ネタバレ勘弁」と怒られ、・・・・・・まぁとにかく、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」でして、過剰なパトスとカオスによって消化されてしまう「お祭り映画」。

世界三大お祭り映画と言えば、只今、興行成績をゴリゴリと更新している「アベンジャーズ」や、去年の末公開され、毀誉褒貶あった「スター・ウォーズ」、そして「幸福の科学」製作映画。

去年の「君のまなざし」に続いて、今年も「さらば青春、されど青春。」が公開されました。
信者の方が、今回も、タダ券を配って下さり、し・あ・わ・せ。

「よーし、早速見に行くぞー」と勇んだものの、近所の映画館は、午後八時前上映スタート。
仕事が終わって、ダラダラとゲームをしていて、「はっ!?」と気がついたら、すでに上映が始まっている。
「どういうことだ!? 私に幸福の科学の映画を見せまいとする、悪魔の仕業か!!」
と驚くこともなく、
「どうしようかな~、どうせ最初は、いろんな映画の予告編が流れているのだから、今から走ったら、間に合うんじゃない?(そもそも、どうせ、真面目に、全部見なくたって、いい映画だし)
と考えたものの、まぁ、それも失礼だな(誰に? 映画に?)と思い返して、その日は、ゲームを進めて、翌日にトライ。今度は、ちゃんとアラームを設定したので間に合いました。

公開三日目、四日目くらいかな? 15名弱の観客がいて、田舎の映画館の夜では、大入りです。この中に、信者の方は何人いるんですかね~。
とにかく、目を合わさないようにして、「よーし、がんばろう」と自らを奮い立たせて、着席。

いろんな映画の予告編が終わって、本編開始。
ニューヨークの街角、主人公を演じる大川ジュニア様の独白からスタート。

そして、場面は、昭和五十年代の日本へ。
実家を離れて東京に向かう主人公のシーン。家族構成は父母兄。
「うん? これは、もしや」というモヤモヤした予感は、東京大学をモデルにしている学校に通い始めたことが判明した瞬間、確信に硬化。
「海外赴任、四人家族、東京大学・・・・・・、この作品は、エルカンターレ(大川隆法総裁)様の半生を描いているのか!」
普通の ぬる~い 恋愛映画を覚悟していたのに、俄然、興味津々。(なんと言っても、このブログの主は、信者でもないの、総裁の経歴を知っているくらいですから)

で、まぁ、大学での勉強、学友との交流、淡い初恋なんてものが描かれるわけなのですが、とにかく、主人公を褒めまくる褒めまくる。

小論文を提出すれば教授が褒め、難しい本を読んでいると友人が褒め、釣り銭をごまかさないと喫茶店のマスターが褒め、・・・・・しまいにゃ、主人公を振った女性ですら、「偉人のような勤勉さ」と褒める始末。
観客としては、改めて、エルカンターレ様の素晴らしさに感服仕切り。
(友人たちが初恋の女性に、「あいつにラブレターの返事を書いてくれ」と懇願している姿を主人公が回想するシーンで、「えっ、大川ジュニアは見てたの?」と思ったのは、僕だけ?)

就職してからも、変人扱いではあるが、上司からは将来の社長と期待され、同僚・先輩からは、あまりの辣腕を妬まれ、アメリカに行けばパツキン美女に惚れられ・・・・・・、相変わらずの無双。

一応、「世間知らず」という欠点が、時にコミカルに語られ、かなわぬ恋愛やら、司法試験の失敗、ものすごい優秀な東大生なはずなのに学究を志すわけでもなく、また官途に就くわけでもなく、それほど大きくない商社に勤めることになったりするといった、下手をすると「負」「マイナス」「評価を下げる」ようなエピソードもあるのだが、・・・・・・結局は、全て、運命なわけですよ。
主人公にしか出来ない使命を全うする為の、大いなる意思によって仕組まれた挫折であり、寄り道であり、壁。

そして、自らに課された使命・義務に気がついた主人公は、「安定した生活こそ、すべて」と耳打ちする悪魔の声に打ち勝って、会社を辞めて宗教家となり生きていくことを決意するのであった。(仏陀の生まれ変わりにしては、えらく小市民な悩みがクライマックスだなぁ・・・・などと思うのは悪魔の仕業です。回春 改悛すべし!)


と、まぁ、そんな感じ。
映画のポスターとか見ると、「恋愛映画なのかな?」と思ってしまいますが、「清水富美加」改め「千眼美子」さんが登場するのは、後半から(最後の45分くらいから?)。

女優としては、連続テレビ小説「まれ」くらいしか知らないのですが(「龍の歯医者」の声優は、それなりに上手だと思ったなぁ)、ちょっとふっくらしたものの、「それはそれで」という感じで、まだまだ可愛らしさは健在、演技にしても声にしても、なりなりに場数を踏んできたこともあって、アイドル女優として、自らの素材を巧みにスクリーンに映し出す力量は大したものだなぁと感心。

・・・・・・・・しかし、この映画がエルカンターレ・大川隆法総裁の半生をなぞっているのだとすると、千眼美子さんの役は、大川きょう子さんがモデルなのか? などと、余計なことを考えてしまったのは、僕だけ?

しかも、主演とは言え、大川ジュニア様は、ご尊父の逆鱗に触れてしまった為に、今は、絶賛教団追放との噂。
ヒロインも、追放されてしまった大川きょう子さんがモデルだとすると、この映画は、宗教家として第一歩を歩むまでを描いているのだが、その一方で、家族と言えども、所詮は他人、人間の全ての行いは虚しいという「諸行無常」の世界観で支えらていることを考えると、大変に非常に正しく深慮遠謀な作品ですね。


とりあえず、最初にタイトルを聞いた時には、柴田翔「されどわれらが日々」が思い浮かびました。
40超えのおっさんからしても、「古いな」と思った作品ですが、青春小説としては、未だに色あせない魅力があります。
おすすめです。

2018年5月14日月曜日

陳凱歌監督「空海 KU-KAI 美しき王妃の謎」
-宣伝のRADWIMPS推しは、それしかウリがないからだと思ったよ-



東北の片田舎に住んでおります。
そんな辺鄙な場所なので、公開される映画は、話題作や大作といったモノ。
なので、だいたい、どの映画を見ても、最低限のレベルはクリアーされておりまして、鑑賞後は「まぁこんなものだなー」「好きな人は、好きなんだろうなぁ」などと上から目線の感想を抱くことが多いです。

ではあるのですが、たまーに、そのフィルターをくぐり抜けてしまう映画もありまして、「空海 KU-KAI 美しき王妃の謎」も、予告編の段階で、「なんだか、あぶなそうだぞ」という予感がビンビンでしたが、「まぁ、でも、それなりには」と自分を説得し、「最悪、映画で再現された長安の風景が楽しめれば、OKでしょ」とハードルをぐんぐん下げてみたものの・・・・・・・・結果としては、普段、摂取しているドラマや映画、アニメ等々が、「普通だな」と思っても、どれだけの配慮と苦労がされているのか痛感せざる得ない内容でした。

概要


今作「空海」ですが、ジャンルとしては、ファンタジー(伝奇・怪奇)歴史ミステリーでしょうか?
ファンタジーと歴史は、どうにかなる。
歴史ミステリーも、適当に散見されるジャンル。

しかし、なんでもアリなファンタジー(伝奇・怪奇)と、ロジックの積み重ねであるミステリーの食い合わせが、どうしたって無理があるわけで。

おおまかなストーリーですが、主人公・空海と、そのパートナー・白楽天が、楊貴妃の死の真相に迫るという流れ。

とにかく説明不足


歴史的な事実としては、楊貴妃というのは、唐の玄宗皇帝の愛人。

玄宗皇帝は、「開元の治」という古代中国の絶頂期を築き上げた一方で、晩年は政治に倦んでしまい、「安史の乱」を引き起こした。

戦乱が長安に迫り、都落ちする皇帝に、配下の兵士たちは、楊貴妃(と、その一族)こそが、混乱の原因だと主張して、彼女の死を望んで蜂起する。
絶望的な状況、いかんともしがたく、最愛の妃を、皇帝は殺すことになるのであった。

「項羽と虞美人」と並ぶ、超有名な悲劇ではあり、この映画の「要」ではあるのだが、その説明が、まったく不足している。

中国史について、最低限の知識を持っている僕ですら、「おいおい」と戸惑うレベルなのに、一般的な観客は「?」だろうなぁ。

歴史的な流れについて説明不足なくらいだから、まして登場人物の心理・心情描写も薄い。
この映画では、異国の地で客死した阿倍仲麻呂が、「実は、楊貴妃に惚れていた」という設定なのだが、そもそも、玄宗皇帝と楊貴妃の関係も、楊貴妃の性格もボヤーンとしているので、そこに大胆な三角関係を導入しても、観ている方が、「ふーん」と、まったく興味がわかない。

そして、この阿倍仲麻呂の横恋慕も、中盤の「かるーいアクセント」で、最終的には「美しき王妃の謎」には、ほとんど関係ない。
「日中合作だから、日本人の著名キャラも出しておかないとね」程度の、まぁ、彩りを整える為のパセリ・・・・・。

結局、「美しき王妃の謎」とやらに関わってくるのは、阿倍仲麻呂と同じく中盤から登場する幻術を得意とする兄弟(厳密には兄弟ではないようだが)でして、・・・・・物凄い重要なキャラなはずなのに、唐突過ぎ。
ミステリー・謎解きに重要なのは、張り巡らされた伏線のはずなのに、いきなり「我々が歴史の裏で動いてました」と、言われてもなぁ。(一応、町で出会った奇術師(?)が伏線ではあるのだけれどもね・・・・・)

強引などんでん返し


ネタバレになるのだが(まぁネタバレだから、どうこうというレベルの映画ではないが)、「美しき王妃の謎」は、
  • 仮死状態にしたのであって、実は殺されてません
  • 仮死状態にすると偽って、実は殺されてました
というライン上で、揺れ動くのだが・・・・・・、結局は、「楊貴妃を仮死状態にして、蜂起した兵士たちを欺くことに成功した」という流れ(のようだ)。

なんだけれども、石棺に葬られたことによって、蘇生しても脱出することが出来ず。
玄宗皇帝らから逃げ出した、幻術を得意とする兄弟が救出に赴いたものの、時すでに遅し。

「えぇ!? 死んで欲しかったなら、最初から普通に殺せよ。なんで、一旦仮死状態にする必要があった? 酷すぎる」なわけで、しかも遺体は腐敗していないという摩訶不思議。(結局、仮死状態にしたの? してないの?)

ここらへんの、「ファンタジーだから」という、いい加減さに、困惑するやら腹が立つやら。

空海と白楽天


で、まぁ、主人公の空海と、そのパートナーの白楽天。
彼らの、謎解きに挑む動機も、イマイチ理解し難い。

当初は、「特殊な能力を持つ異国人・空海に、不可解な超常現象に見舞われた中国人からのお願い」という形だったのだが、その依頼者が亡くなってからも、なぜか、事件に執着する空海。
依頼者に対して、思い入れ・親交があったという描写が皆無だから、やっぱり「?」なんだよね。(そもそも論を持ち出せば、空海のキャラも、イマイチはっきりしないし、魅力がない)

一応、パートナーの白楽天は、楊貴妃の悲劇を扱った「長恨歌」製作の為に、謎解きに挑んでいるという体裁なのだが、そもそも、史実の説明が薄いと指摘した点と同じで、この大事な「長恨歌」についても、劇中で、ほとんど触れられていない。(李白の詩については、一応、触れているのに・・・・・・)
そんなこんなで、やっぱり、壁を感じてしまい、どうにも映画に入り込めない。
観客は置いてきぼり。

さらに致命的なのは、この空海・白楽天コンビ。
いわゆる「バディ」。
パターンとしては、ホームズとワトソンになるのだろうけど、・・・・・うーむ。

いろいろな描き方もあろうに(日中文化の違いとか、バトル担当と知能担当に分かれるとか、Xファイルのように超常現象を信じる派 V.S. 否定派とか)、ただただ平板に、「空海の謎解きに、納得する白楽天」という構図が繰り返され、これもこれで映画に引き込まれない要因になっているわけで。

長安の描写


「最悪、映画で再現された長安の風景が楽しめれば、OKでしょ」という期待も、・・・・・安史の乱によって、ある程度荒廃しているはずなのに、まったく、そんな気配のない長安。

まぁ、予算もあるから仕方ないにしても、「開元の治」によって殷賑を極める「長安」と、一応は落ち着いたが戦乱によって凋落に向かっている「長安」を比較させるだけでも、観客には時代背景・設定を理解する一助になるはずなのになぁ。

そもそも、姿格好は古代っぽいが、町並みは唐代というよりは、明清らくいに見えるのは、僕だけ?


というわけで、「さらば、わが愛/覇王別姫」をお勧めします。



2018年5月6日日曜日

「レディ・プレイヤー1」の感想



「レディ・プレイヤー1」、見てきました。

映像に関しては、さすがのハリウッド大作、脱帽。
また日本サブカルへの敬意がこもった小道具・設定の数々を探しているだけでも楽しい映画でした。

が、「貧しく孤独な少年」V.S.「いけ好かない金持ち中年男性」という、良く言えば、「安定感のある」、悪く言えば「陳腐な」構図が判明した時点で、エンディングまでの道筋が早々に予見できてしまい、さらには、主人公がリアル世界で窮地に陥るとネットの知人が救助するという展開の使い回しには苦笑い。

謎解きをしていく過程で、仮想現実世界「オアシス」を創り上げたジェームズ・ハリデーと、主人公の心情がかぶるという流れも、もう少し工夫が欲しかったし、そもそも、ストーリーを引っ張っていく、この「謎解き」自体に魅力がないというのが如何とも。

物語としては新味に乏しかったものの、一部の巨大企業によって自由なネット世界が牛耳られようとしているのではないか? という危機感や、バーチャルリアリティへの期待、ネット上では安易に本名を晒してはいけませんという小中学生向けの戒めやら、時代設定は近未来であっても2010年代後半のインターネットの空気感が如実に反映されているのは、なかなか興味深く、映像美と相まって、料金分は十分に堪能させてもらいました。

2018年4月26日木曜日

「リメンバー・ミー」
-万人にオススメできる良作-



「カーズ」の最新作もイマイチだったし、予告編からすると、どうせハリウッドがつくりそうな「家族愛万歳!」な映画でしょ? 最近のピクサーはディズニーリゾートやらグッズ展開、ゲーム化への配慮が見え隠れして、なんか、あんまり気乗りしないなぁ・・・・・、というネガティブな気分で挑んだ「リメンバー・ミー」でしたが、ダメですね、決めつけは。めちゃくちゃ楽しんでしまいました。

奇手を放り投げてきた「カーズ/クロスロード」

CG映画の本領発揮とばかりに、美しいだけではない独創的な「死者の国」の描写、個性的ではあるけど憎めない登場人物、要所要所に差し込まれるアクションと歌唱シーンのメリハリ、定番ながらも主人公ミゲルとヘクターの凸凹コンビから信頼が生まれる過程、大どんでん返しからの大団円に駆け込んでいく流れは周到に用意された伏線のおかげで全く違和感を覚えず、むしろ、数多のシーンが収束されていく様は気持ちが良いくらいで、「これだよ、これ、子供映画だけど子供騙しではないのがピクサーだよ」と大満足。

強いて気になった点を挙げるとすれば、「夢を追うこと」と「家族を大事にすること」は、決して対立するものではないはずなのに、時に、絶対に交わることがないように描かれているのは、ちょっと無理があるかな? と感じることもありましたが、大作映画となれば芸術家気取りで作品の質を上げることだけに専念するわけにもいかず、その他諸々、会社のことも配慮せざる得ない現状から生まれた対立軸なのかな? などと考えてしまうのは邪まな大人のゲスの勘ぐり・・・・・・。

久しぶりに、老若男女問わず、誰にでもオススメできるピクサーらしい映画でした。
個人的には、ピクサー映画の中では、初代「カーズ」に続いて、ナンバー2に置きたい出来でした。

by カエレバ

2018年3月11日日曜日

「バーフバリ 伝説誕生」&「バーフバリ 王の凱旋」
 ここまで、やっていいのねと唖然とさせられるテンションの高さ



超娯楽大作と噂のインド映画「バーフバリ」が、田舎でもようやく公開されたので、見てきました。

なるほど、世評通り、ぶっ飛んでいたなぁ・・・・・。(夜の回に行ったのだけれども、けっこう人が入っていて、驚いた)


とにかく、まぁ、あらゆるアクション、演出、演技、キャラ設定が過剰&過剰。

普通、ここまで味付けを濃くしてしまうと、とてもではないが食べられない料理が出来上がってしまうのだが、「バーフバリ」に関しては、「突き抜けろ、この想い!」と、ちゃんと作品として成立してしまっているから、あら不思議。

貴種流離譚というオーソドックスな物語を下敷きにすることで、神話的な装いを身にまとうことに成功しており、だから、「バーフバリ 伝説誕生」冒頭の滝登りのシーンにおいて、その滝の巨大さと克服していく過程、そもそも、木製のマスクに恋をするという発端、全てが、「い、い、今時?」「あり得ない!」のだが、「なにを恥じることがあろうか!!」と堂々と描き切るという先制パンチ、観客は、「あぁ、これは神々の映画なのだ」と降参、以降、冬山にいたはずなのに、恋が成就すると、突然、二人の環境は南国風な楽園に変わり、「移動したのかな?」などという凡人の解釈は浅はか、スイートタイムが終了すると、ちゃんと冬山シーンにつながるわけで、「うむ、やりたいようにやってくれ」と身を投げ出す他ないことを再認識、「こまけーことは、いいんだよ!」と暴れまわるバーフバリ的世界観を許容してしまえば、後はもう王の恩寵に浴する喜びしか残らない。

で、古典的な仕組みを利用しつつも、決して、頑迷固陋な古臭さはないのは、女性キャラがピーチ姫的な救い出されるだけの存在ではなく、政治のトップであったり、剣を持って戦ったりと、(そこらへんは)ちゃんと今風。

そして、バーフバリにしても、「王」ではなるが、彼が「王」であるべき理由というのは、単純に「血」に還元されるものではなく、「武勇に優れ」かつ「賢く」、そして、仁愛によって、民衆から支持されているということが大きな要因となっているわけで、復讐劇・奪われた王位の奪還という、やはり古めかしい物語でありながら、あくまでも、民により推戴を望まれているという形式を踏んでおり、言うなれば民主主義的、これが作品全体の風通しの良さとなっている。


・・・・・・・・つっこもうと思えば、いくらでも「つっこみ可」な、ノーガード万歳の両手ブラリ戦法ですが、それだけに攻撃力は半端ない、パンチの効いた映画になっていますので、ハリウッドや邦画の文法に食傷気味の方には、うってつけと思われます。

by カエレバ
by カエレバ

2018年3月10日土曜日

キャスリン・ビグロー「デトロイト」
 -なんでアカデミー賞に無視された?-



「ハート・ロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティ」のキャスリン・ビグロー監督の最新作「デトロイト」。

「本年度アカデミー賞最有力」という文言が、デカデカとポスターに書かれておりましたが、・・・・・蓋を開けてみたら、一部門もノミネートされておらず。

赤っ恥です。
しかし、作品を拝見させてもらいましたが、・・・・・・うーむ、なんでダメだったんですかね?
作品賞にノミネートされている「ゲット・アウト」なんかは、まぁ、十分に楽しませてもらったけど、「ちょっとだけ新しい切り口のホラー」に過ぎなかったような・・・・・。

「ゲット・アウト」

いや、まぁね、この「ちょっとだけ新しい切り口」の提案が、どれだけ大変なのかは分かりますけど、だったら、「デトロイト」の異常な緊迫感でもって描かれた尋問を通り越した拷問シーンも、なかなかにお目にかかれないレベルに達していたのだが・・・・。


以下、ネタバレあり。

最終的な「強要された自白には証拠能力がない」という裁判官の判断は、もちろん、「拷問シーン」との対比であり、また皮肉でもあるわけで、そして、この事件を経て、ショービジネスの世界に憧れていた黒人青年が、教会の聖歌隊員として生きることを選択するという流れも(撤退と見るか、転進と見るかは、人それぞれでしょうが)鮮やか、どうしても、「白人警官による黒人の虐待」となると説教臭さやプロパガンダ臭を嗅ぎつけてしまいがちだけど、そういう枠には収まらない作品でした。

■映画「デトロイト」がアカデミー賞から無視された理由

上記では、「ドラマ性の薄さ」や「前半と後半のちぐはぐさ」を挙げているけど、言われると「まぁそうかな?」程度の欠点にしか思えないし、正直、「アカデミー賞にノミネートされなかった」という事実から、いささか意地悪な視点でもってあら捜しをせざる得なかったという感は拭えないね・・・・・。

by カエレバ