「マグニフィセント・セブン」ですが、黒人であるデンゼル・ワシントンが志村喬役、さらにアジア人であるイ・ビョンホンが仲間であると聞いて、「それ、西部劇?」と不思議に思っていました。
劇中では、どんな理由付けがあるんだろうと身構えていましたが、ほぼ説明はなし。
「そういうもんだから!」という強引さに、当初は面食らっておりましたが、徐々に、「これは日本の時代劇だな」ということに気が付き、「水戸黄門の諸国漫遊って、嘘だよね」という無粋なツッコミをするようなもので、この西部劇ファンタジーを楽しもうと思えてくると、全部OKに。
ヒロインの胸を強調し過ぎる格好に、「荒くれ者が跋扈している時代に、それはないだろう」と思っていましたが、途中から、「これは、由美かおるさんの入浴シーンなのね」と気が付き、むしろガン見、「形も大きさも理想的な、素晴らしいオッパイだ!」と、心の中でスタンディングオベーションを送りました。(そのおかげなのか、その夜、エロい夢を見ました。ありがとうございます)
人間の生き死が関わることに善意だけで協力するというのは、いささか強引ではありますが、「七人の侍」、「荒野の七人」では、「エンもユカリもないのに、虐げられし民衆の為に戦う」という男の美学がありました。
一方、「マグニフィセント・セブン」では、「実は、ラスボスと志村喬役には因縁があって・・・・・」というストーリーで、その方が流れは自然になるものの、仲間を犠牲にして自己の復讐を果たすというのは、どうなんだ? とも思えますが、まぁ、そんな細かいことをネチネチ言う映画ではありませんので、「オッパイも素晴らしかったし、OK!」ということで。
味方の男たちは人種的配慮がミエミエ、ヒロインも、単純に男に守られる存在ではなく、銃を持って戦うし、そもそも彼女が男たちの雇用主(ボス)という、「娯楽作なんだから、そこまでPC(ポリティカル・コレクトネス)に配慮しなくても」と思ってしまいますが、現実の政治の方が「PCなんてクソ食らえ」という荒くれ者が跋扈するという、なんだかファンタジー。
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