本当は、吉田大八監督の「紙の月」を見たかったのですが、時間の関係で、「フューリー」を見ることに。
何度なく、映画館で予告編を見せられていた印象としては、「戦車無双みたいな話?」。
たとえて言うなら、「特攻野郎Aチーム」みたいな、お馬鹿映画?
そのわりには、ポスターには「アカデミー賞最有力」という、「誰が決めた?」という文句がついています。
「どういうものなんだ?」と思って、見てきました。
で、結論としては、第二次世界大戦において、戦車を使った戦闘が、たっぷりと描かれておりました。
それだけであれば、ミリオタ御用達で終わりなのですが、単なるリアルな戦車戦・戦場を描いている他に、絶えず登場人物たちが口にする「神」にまつわる言葉。
なぜに、神は、この地獄(戦場)においても、その御手を我々に差し出してくれないのか? という疑惑から、登場人物たちの精神(魂)は、すっかり荒廃している。
それは(ボチボチ、ネタバレです)、冒頭においてブラッド・ピットが馬に乗ったドイツ軍兵士を襲うシーンから象徴されており、そこでは人間は殺しておきながら馬は逃がしている。
動物の命よりも、人間の命が軽くなってしまっているという、倒錯した価値観、世界があらわれています。
このタイトルになっている「フューリー」とは彼らの乗っている戦車の名前なのですが、意味するところは、「怒り」よりも大きな「憤怒」。
普通に考えれば、「ドイツ軍への怒り」なのですが、映画の中において、繰り返される神の渇望と冒涜の言葉によって、いつまでも救済をしてくれない「神への憤怒」をもあらわしていることがあきらかになってきます。
(キリスト教に造形が深いわけではないので、もしかしたら、教義として「FURY」という言葉には、特別な意味があるのかもしれませんが)
そんな、抹香臭い物語なので、「プライベート・ライアン」では、ちょっとはホッとするエピソードや、コミカルなシーンがありましたら、こちらは一切なし。
とにかく、救いのない、緊迫感のある展開が続きます。
で、「フューリーを選んで、正解だった」と思って見ていたのですが、ラスト間近になって、それまで断裂していた戦車の乗組員たちが一致団結。
さらに、ラストは戦車無双でね・・・・・・。敵は馬鹿ばかりで、考えもなく突撃してくるだけ。
うーむ。
そりゃ、「最後は盛り上げないと」という事情も分かるけど、そこまで派手にしなくても良かったような・・・・・・。
それでも、仲間たちは次々と倒れていって。
で、最後に生き残るのは、新兵一人。
冒頭で逃した(失った)馬らしきものが眠っていた、彼の横を通り過ぎて、終わりです。
つまりは、信仰を取り戻したということの暗示なんでしょうね。
面白かったんですけどね~。
特に前半から中盤までは。
戦闘シーンだけではなく、飯を食っているだけの場面ですら異様な緊張感があって良かったんですが、ラストがね。
個人的には、最後の最後でつまづいた感じです。
(ブラピは手榴弾で殺されたはずなのに、死体が、あんな綺麗なわけないじゃん! と思ったのは、僕だけ? それともキリストの受難みたいものを暗示しているの?)
フューリー (角川文庫) | ||||
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