いつも楽しく聞かせてもらっている文化系トークラジオLifeですが、今回は現在の「音楽」状況がお題。
まぁ、あんまり音楽に興味がないのですが、それでも、若い頃は、今よりは聞いておりました。
あの当時からすれば、今のようにyoutubeで、好きなだけ(無料で)、色んな音楽を聞ける現在は恵まれているのは確か。
そんなに興味のない僕ですら、「今の若い人は、音楽に関しては、羨ましい環境だなー」などと思います。
僕のような人間ですら、有料でも適当に音楽を聞いていたのですから、今の若い人は音楽漬けになれるじゃん・・・・・・・、とならないどころか、むしろ、今の若い人は音楽には、あまり興味がない?
どうなんです?
そんな雰囲気なんですか?
身近に若い人がいないので、イマイチ分かりません。
本放送では、「若者の音楽離れ」という側面を語りながらも、一方で「やっぱり若者と音楽は、今も不即不離」というお話もあり。
まぁ、確実に言えることは、「かつての若者の音楽受容と、今の若者の音楽受容は違う」ということでしょうか?
音質はともかく、youtubeを使えば、古今東西の音楽が自由に聞ける。(youtubeだって、エアチェックで録音したテープカセットよりは、音質はいいんじゃないの?)
この恵まれた環境って、結局、音楽の有り難みを失わせている側面はあるのかな? と思わないでも。
「食べ放題に行くと食べ方が汚くなる、食べ物を粗末をしてしまう」というヤツです。
聞き放題というのは、諸刃の剣なのかもね。
(ちょっと不便なくらい、また物足りないくらいの方が、大事にしてくれる・・・・・。人間も、そうだよね~)
で、まぁ、音楽受容の違いを、いろいろと話し合っていくうちに、「座学的な音楽」は時代遅れになりつつあるのではないか? という流れに。(もしかしたら、時代遅れではなく、復古かも)
つまりは、今の音楽が身体性を求めている(または、再び取り戻そうとしている)。
それを聞いていて、以前、鈴木さんが、よく口にしていた「モノ消費ではなく、コト消費」という言葉を思い出しました。
また、最近ですと、ライフの本放送「フィジカルの逆襲」「ソーシャル、レジャー、リア充」でも言及されていたことで、データ化されてしまうものは、限りなく無料(無価値、陳腐化)に近づいていくネット社会において、リアルな体験こそが貴重になっている、ということ。
そういう世界において、「SEKAI NO OWARI」が自分たちのライバルを、ディズニーランドと言っているのは、意図してか意図せずしてかは分かりませんが、象徴的ですね~。
おまけの感想。
「SEKAI NO OWARI」の良さが分からない・・・・・・というお話が出ていましたが(出演者が分からないというよりは、そういう意見をよく耳にする、という感じでしたが)、そりゃ、中高生に受けている音楽なんて、中年連中に理解できるわけないよね。
中年が好きなものを、中高生が好きなわけないじゃん。
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