2018年1月31日水曜日

映画「君の膵臓をたべたい」とか、「四月は君の嘘」「星野、目をつぶって」など



「圧倒的な美にかしずきたい」というのは、人間の本能なのか、ちょいちょい作品のモチーフになったりして、とりあえず代表格は芥川龍之介「地獄変」でしょうか?

で、そのパターンの一種で、「とんでも美少女に振り回される」という物語がございます。

ちょっと前ですと、「涼宮ハルヒの憂鬱」。
最近ですと、「星野、目をつぶって」かな?

現実において、「女性に振り回される」というのは、「金」か「(精神的な)病」が絡むわけで、そして、その背後には「肉欲」というものが厳然として存在して、大変、生臭く、そして痛々しいものです。

これをリアリティ重視で物語に落とし込むと、ドロドロ展開しか生まれないはずなのですが、この「女性」、なかんずく「美少女」に「不治の病」というステータス異常を付与すると、あら不思議、とても崇高な行為に見えてくる。

特に最近の傾向として、男性を「ニュートラルな(または善良な)傍観者、立会人」ではなく、「心を閉ざした問題児」とすることで、女性は、その救済の手助けをする「女神」となり、彼女の「いささか強引な行為」は、「限られた時間しか持たない病人」という設定によって、免罪符が与えられるわけですな。
(「星野、目をつぶって」のヒロインは病気ではないけどね。ヒロインが主人公へ手を差し伸べる行為は、主人公からヒロインへほどこす化粧の報酬であり、まぁ、一方通行ではないあたりが、現代的と言えば、現代的なのかな?)


君の膵臓をたべたい


「君の膵臓をたべたい」ですが、小説原作の「難病美少女モノ」だとは知ってはおりました。
まぁ、この手のジャンルはね、何年にいっぺん流行する周期彗星みたいなもの。
ストーリーは、「こんなところだよね?」という予想の範囲内に収まるわけで、なんなら見てもないのに、「瞳を閉じてー 君を描くよー♪」と曲まで脳内で再生されてしまいます。

でも、「定番ネタだけど、そんなに悪くないよ」という評判を聞いたのでアマゾンビデオで借りて見ましたが・・・・・・、ベロベロに酒を飲んでいたこともあって、最後は、喉が痛くなるくらいに泣けまして、デトックス完了。

以下、ネタバレあり。

お約束「難病美少女モノ」にはしたくないという作者の意図なんでしょうねー、病気以外で死ぬとは。
「病気とか健康とか関係なく、明日はどうなるか全員分からんのだから、日々、一生懸命に生きようぜ!」という素朴な主張なんだろうけど、うん、まぁ、どうせ近いうちに死ぬんだから、そういう処理の仕方もあるか。

ただ、そのおかげで、徐々に弱っていく過程を、長期かつ詳細に描く必要がなくなり、ヒロインの、現実であったら「うざいだろなぁ」という活発さを失わずに済んでおり、だからこそ、喪失との落差を劇的に描くことができているわけで、その点は、まぁ、なかなか上手というか巧みというか。

とにかく、この映画を好意的に評価する人なら、ヒロイン山内桜良を演じた浜辺美波さんの存在感に言及せざる得ないと思います。

「時をかける少女」の原田知世さん、「野性の証明」の薬師丸ひろ子さん(「セーラー服と機関銃」か?)、「世界の中心で、愛をさけぶ」の長澤まさみ・綾瀬はるかさん等々、少女のはかなさをフィルムに鮮烈に記憶させた作品がありましたが、「君の膵臓をたべたい」の浜辺美波さんが、今後、どれだけご活躍できるかどうかは分かりませんが、少なくとも、この作品を見た方には、忘れ難い鮮烈なイメージを残してくれ、そして残っていくのではないでしょうか?


ヒロインが、主人公の男子に興味を抱くキッカケ・過程が、ちょっと無理筋な感は否めないし、そこからのヒロインのちょっかいも(学生時代、女日照りだった)男性にありがちな願望が見え隠れ、まぁ、そこが心地良い部分もあるけど、気恥ずかしくなることもある。

ぶっちゃけ、スクールカースト・トップの美少女と、ボトムの根暗少年の交流という、いかにも、文系な(≒非リア)男子の喜びそうな構図(現実にはねーよ)でして、・・・・・そもそも、「涼宮ハルヒの憂鬱」「星野、目をつぶって」「君の膵臓をたべたい」、どれもこれも、男性の考えたストーリー、その女性像はルサンチマンの結実・・・・・ではなく、まぁ、あれですよ、「圧倒的な美にかしずきたい」という芸術至上主義ということで。


おまけ


以下、蛇足。

脚本家の吉田智子さんって、現在放送中の「わろてんか」の人なのね。

「君の膵臓をたべたい」は、原作未読だけど、浜辺美波さんの演技力もあって、うまく出来ていたなぁ、と思います。

それに比べると、「わろてんか」なぁ・・・・・・。

どうにもこうにも、登場人物の魅力がイマイチ。
さらに、「要らなくなると旅やら、海外に行かせてしまう投げっぱなし」や、「主人公を取り合う二人の男性が、どちらとも幼少期に母親に連れていかれたことがキッカケで、今の仕事を志す」テンプレートなエピソードとか、「王道の嫁いびりに対して、無力な旦那・・・・どころか、無気力とすら思える無抵抗ぶり(男の実家に連れて行かれた主人公、姑に認められないだけではなく、女中にされて、それを主人公の幼馴染に見咎めれ、殴られても、そのまんま)」とか、「それに対して、ニコニコ笑うだけの主人公」とか、「藤井隆さんにしても、「後面を極める」と発言しておきながら、気がついたら夫婦漫才に移行、それはいいにしても、今度は漫才作家として裏方専門になる。本が好きとか物書きの才能があるって描写はあった? 寄席の変遷を、藤井隆さんの役で表現しているのだろうけど、ちょっとは伏線を・・・・・」てな感じで、他にも、「寄席を手に入れる際に、手元に資金がないので、日々の稼ぎの中から、ちょっとずつ返済していける寄席を見つけた、という設定で、それをどうやって手に入れるのか? というお話しで引っ張っておきながら、最終的に、一括でお金が必要になりました。えっ、なら、最初から、どうやってお金を工面しようというストーリーで、よくない?」とか、「そのお金を、勘当された実家に頼み込む」って、しかも、旦那の稼業を潰しておいて、今度は、新規事業、それも「寄席をやりたい」というお願いを、なんだか美談にしたてて、受け入れてしまう主人公の父親。おいおい、「バカ、真面目に働け」って叱れよ、遠藤憲一。キースのアメリカ行きも唐突だったが、舶来ネタをしていたから、一応憧れがあったということに出来ないこともないが、あっさり帰ってきて東京にいるし、で、震災で直ぐに関西に戻ってきて、なんか「アメリカ渡航」が彼に変化を促したとか、そんことはなし、だったら、「東京で腕試しをしたい!」で良かったんじゃないの? なんで、アメリカかませた? ・・・・・他にもいろいろと言いたいことはあるけど、まぁ、人間得手不得手もあるし、百発百中というわけにはいかないよね。

by カエレバ


2018年1月22日月曜日

悪趣味な演出満載だが、目が離せない映画「全員死刑」



ハリウッドだと、存命の人物やら、まだそれほど年数が経っていない事件について、バンバン映画をつくるイメージがあるけど、邦画はねぇ・・・・。(昔は、もうちょっと挑んでいたように見えるが、さて)

そんな、空気を読む国「日本」にしては珍しく、つい最近(と言っても、もう十年以上前だが)に起きた殺人事件を元にした映画「全員死刑」を見てきました。
(実際の事件は、こんな感じ■wiki 大牟田4人殺害事件)

実録モノとなると、ドキュメンタリーぽく撮ったり、重厚な人間ドラマに落とし込んだりしそうなものだが、とにかく、まぁ、オープニングから制服姿の女子高校生がスカートをまくりあげて下着のアップ、「祝監督作品」の「祝」という文字は、明らかに女性器のマーク、そんな全編通して悪趣味な演出が満載で、フェラ後のイチゴの練乳とか、カラオケ店でのゲロとか、被害者のカマっぽさとか、「それ必要?」というシーンもチラホラだったなぁ。

が、そういう監督の悪戯心も、さんざんに積み重ねられていくと、映画全体に異様な雰囲気をつくりだされるわけで、上映時間98分と、最近にしてはコンパクトなはずなのに、なんかもう、最後は、お腹いっぱいだったよ。

「ブラックジョーク」「スプラッタコメディ」を通り過ぎており、全然笑えないし、爽快感など皆無、演者たちの熱演によって人間存在の有り様について考えさせらえるようなこともなく、社会の歪が生み出した悲劇に胸を打たれるとか憤りを覚えなんてこもなし、一応、主人公の彼女が物語の倫理的な立ち位置を確保しているけど、実話ベースということなので、「こういうのも入れておかないとね」という言い訳程度。

ぶっちゃけ「見世物小屋」的な作品ではあるものの、ここまでやられてしまうと、あっぱれでした。


2018年1月18日木曜日

「キングスマン」&「キングスマン ゴールデン・サークル」



「キングスマン」が、なんとなーく評判だったのは覚えていますが、「まぁ見てもいいんだけど」と思っているうちに公開が終わって、レンタルで見てもいいんだけど・・・・と思っているうちに月日は流れて、続編「キングスマン ゴールデン・サークル」が完成。

予告編のハル・ベリー(なんと50才超えているよ・・・・)が可愛らしくて、「見てみるか」と思いたち、とりあえず、自宅で前作をレンタル視聴。


「キングスマン」


で、感想ですが、簡単に要約すると「変わっている映画」だなぁ・・・・・。

以下、ネタバレ。

そもそも、悪役が、安っぽいラッパーの格好をしている「黒人」。
その側近が「義足」(障害者)。
彼らは過激なエコロジストで、裏では、ホワイトハウスの主(当時は、バラク・オバマ大統領)とつながっているという設定。

それに対する、「キングスマン」というのは、表向きは、高級テーラー。
店の主人であるハリーは、ガッチガチのイギリス紳士。当然白人。

そして、「キングスマン」で働ける新たなスパイの選抜があるのだが、その候補者も全部白人であり、主人公のエグジーを除いては、どいつもこいつも上流階級に所属(らしい)。

敵側がリベラルで、味方側は旧来の保守勢力(貴族階級)という構図は、「ポリコレ、ポリコレ」と騒がしい昨今、大丈夫か? と、いささか心配になりつつも、ハリーが、教会で虐殺する対象は、アメリカ南部の保守層だったりして、ここらへんでバランスをとっている? いや、単に、アメリカ全体をおちょくっていると見るべきか?

それは、さて置き。

ストーリーの骨子としては、下町のチンピラ紙一重だった主人公のエグジーの出世譚・成長譚であり、彼の教師であり父代わりでもあるハリーの途中退場によって、否応なく窮地に陥る展開は、まずまずスリリングではありました。


「キングスマン ゴールデン・サークル」


しかし、前作で、チンピラからイギリス紳士への「成金」を成り遂げてしまった以上、続編どうするんだ? と思ったら、ネタバレですが、最終的には、スウェーデン王室に入り込むというオチでして、逆玉の輿。
今時、ディズニー映画でも白馬の王子様展開には気をつけるようにしているのに、男臭いスパイアクション映画にて、やってしまうのは、「時代遅れ」というよりも、なにやってもいいんだよ、という「現代的」なのか?
うーむ。

で、今作の悪役は、白人女性。
まぁ簡単に言えば、大麻容認・解禁派を揶揄しているようなキャラ。
相変わらず、挑発的な設定です・・・・・。

開始早々で、「キングスマン」のアジトが破壊されて、生き残ったのは、主人公のエグジーと、教官&裏方のマーリンだけ。

徹底的な窮地からの復活劇というのは、前作とかぶっているのだけれども、ただ、「キングスマン」とは違うアメリカの他組織「ステイツマン」に救援を求めるあたりが新味と言えば新味。

「キングスマン」の表の顔は高級テーラーで、イギリス紳士。
「ステイツマン」の表の顔は酒造メーカーで、カーボーイ。

この二つの凸凹コンビが、互いを皮肉ったり、小馬鹿にしたりしつつ、徐々に信頼を深めてバディとして活躍する・・・・・と思っていたら、主役エグジーも敵わなかった「テキーラ」という味方キャラは、あっさりと退場。

そして、せっかく(?)、前作からのキャラ皆殺しで、新しい物語が始まるのだと思っていたら、生きていたよお師匠ハリー。

前作が「継承」の物語だったのに、最強の漢が復活してしまい・・・・・、人気キャラだから、「嬉しい!」というファンもいるのだろうが、ストーリーとしては、「いいんか!?」と思わんでも。

で、前作ではアメリカ大統領が爆死していたけど、今作は弾劾(逮捕)で、麻薬中毒者の檻はマンハッタンを彷彿とさせるような絵面、大ボスのポピーが山奥で再現しているのはノスタルジーを喚起する50年代のアメリカ、そして、「ステイツマン」から「テキーラ」の代わりに派遣された「ウィスキー」というカーボーイと、主人公たちは最終的に戦うことになるわけで・・・・・監督は、アメリカ嫌いなんだろうなぁ・・・・・・。


・・・・・・そんな感じで、まぁ、毒のある映画なので、「好きな人は好き」なのは分かるけど、個人的には、カタルシスを得難いなぁというのが個人的な感想。

by カエレバ

2018年1月2日火曜日

「ゲット・アウト」


2017年12月30日に、「カンフー・ヨガ」を見てきて、「これで年納め?」という思いが胸に去来、なんか他も見ておくかで、翌日、「ゲット・アウト」を見てきました。

「一帯一路」発言が飛び出す「カンフー・ヨガ」は懐かしくも現代の映画

異質なる他者として、完成された(閉鎖された)コミュニティに足を踏み入れるというのは、そりゃ誰でも苦手でして、さらに「人種」という要素が加わると、抜き差しならない「緊張」が生まれるのは当然、それをホラー映画のスタイルでもって表現というのは、なかなか斬新なのかな?

で、まぁこの手の映画にありがちな、ぶっ飛び設定がラストで明かされるけど、それが、「白人から黒人への羨望」になっているのも、これまた斬新だったなぁ。

無理矢理に現代アメリカ政治と結びつけると、かつてなら「倒錯」と呼べるような、この心情の変化は、白人社会の行き詰まりを象徴しているということなのか?

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by カエレバ






2017年12月31日日曜日

「一帯一路」発言が飛び出す「カンフー・ヨガ」は懐かしくも現代の映画



映画界において二大狼少年の一人、ジャッキー・チェン。
「もう引退する」「アクションは、やめる」と、何度口にしたことか。

まぁ、もう一人の狼少年・宮崎駿監督と同じで、生きてる限り現役で頑張って欲しいので、これからもバンバン嘘をついて欲しいものです。

さて、ジャッキー・チェンの最新作「カンフーヨガ」。
年末、あんまりいろいろと考えたくないので、吹替版を見てきました。

・・・・・・しかし、懐かしいタイプの映画だったなぁ。
  • 登場してはあっさりと消えていくキャラ
  • 女性キャラのお色気要員扱い(パセリ・・・・)
  • 「それ必要か?」と思わざる得ない氷上でのカンフーアクション(その後に、雪玉で狼を追っ払うという脱力な流れ・・・・・)
  • 妙なハイテク機器(スパイメカみたいなもの?)
  • 明らかにCGなカーアクション(ジャッキーも、還暦過ぎたから肉体を酷使してられないか・・・・・)
  • 「カンフー・ヨガ」と言っていながらヨガほとんど活かされてない~
  • 悪役の薄っぺらさ

「ナイスガイズ」は、なかなか懐かしい感じのする良作だったけど、こちらはこちらで、中高生のころ、深夜にテレビでやっていた、どうでも いい感じの映画を思い起こさせる内容でした。

2010年も終盤になって、世界的なスターになったジャッキー・チェンが、まだこういう作品をつくるなんて・・・・・。

インド市場を狙った結果として、「これくらいのテイストだろう」という結論なのか?
だとすると、うーん、まぁ、そうなんすかねー。

「今時?」と戸惑うことの多い、展開・キャラ設定・演出が目白押しでしたが、まぁ、でも、「これはこれで」という感じで、苦笑いがありつつも気楽に見れる映画には仕上がっておりまして、特に、最後の最後、インド映画へのオマージュで、主要な登場人物が踊り出すのですが(なんと悪役まで)、センターのジャッキー・チェンが楽しそうにしているので、「うん、まぁ、いいか!」と思えてしまうわけで、さすがスターだよ。

他に見所と言いますと、オープニングの戦闘シーンが、光栄のゲーム「三國無双」トリビュートに思えたのですが、まずまず迫力があり。

そして、メインヒロインのディシャ・パタニ(Disha Patani)さん。
お綺麗な上に、「マンガ?」と唖然としてしまうウエストの細さと、お胸のたっぷり感。



すごかったなぁ・・・・・。

そして、その外見のみを活かすだけの脚本が、まぁ、なんともノスタルジーなのだが、「これぞ現代!」と思わせてくれたのが、主人公がジャッキーが中国からインドに行く際に、上司が口にした「一帯一路にも合うしな」という発言。

おいおい、政府に媚びすぎだろ・・・・・。

既に書いておりますが、「何人か死んでない?」という諍いがありつつも、最終的には主人公と悪役は、あっさりと和解してしまうのは、中国人がインド人を叩きのめして終わるというラストは回避したかったというミエミエの商業主義。

さらには、この映画自体が中国政府の「一帯一路」政策の一環、または応援としての側面を有していると考えると、「とりあえず表面上は仲直りしておくか!」というラストも、まぁなんつーか、皮肉というか、示唆的というか。

2017年12月23日土曜日

「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」-大作となると賛否両論なのはいつものことですが、それにしても真っ二つ-



「スター・ウォーズ」新作が公開ということで、わざわざ前作を観賞してから、見てきました。

今年最後の大作「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」


二時間半を超える大ボリューム。
どうなんだろうなぁ、と思っているうちに映画が始まり、例によって、宇宙空間の彼方に飛び去っていく文字。
「このフォント、もうちょっと、今風にしても・・・・・」
などと思っていると、バーンと始まるテーマソング。一気にテンションが上がります。

そこからは、お見事なジェットコースタームービー、まったく退屈なし。

特に、主人公レイと敵役カイロ・レンが、互いが惹かれ合い、自勢力に引き入れようとする綱引きは、なかなか緊迫感あり。
そこからの、「えっ、まさか、ここで!」という、どんでん返しからの、さらなる、どんでん返しの連続。

個人的には、大満足だったのですが・・・・・・、宇多丸師匠、怒ってたねー。
(■ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル_【映画評書き起こし】宇多丸、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を語る!)


まぁ確かに、師匠のご指摘は、まったく、その通りでして、私個人でも気になった点を挙げると、以下の感じ。(ネタバレです)

・スノーク最高指導者が、まんま銀河帝国皇帝のパクリ。どんでん返し用に、あっさりと殺されてしまうので、どういう人物であったのか、どうやってその地位を手に入れたのか、結局不明。(もしかしたら、まだ生きているのか?)
・ファーストオーダーの規模が、よく分からん。銀河帝国の残党なのだろうから、それなりの兵員がいても、まぁ理解できないことはない。だが、そうなると、いったんは銀河帝国を打ち倒したレジスタンスが、なんであんなに寡兵なのか、理解に苦しむ・・・・・。
・ルークの言葉によって、あっさりと覚醒してしまう主人公のレイ。でも、覚醒前と覚醒後に、あんまり差が感じられない。
・ポーの行動が酷すぎ(冒頭の戦闘は、ともかく)。結局、彼の勝手な作戦で、レジスタンスは大いに疲弊することになる。
・↑ではあるが、まぁ、ホルド中将が、極端に秘密主義だったことが遠因ではあるのだが。
・それにしても、ファーストオーダーも、レジスタンスの船が燃料切れになるのを待つという、なんとも 悠長 忍耐強い作戦。敵船の足が速いというなら、TIEファイターでやっつけるとか、なんかないの?
・そして、フィンとローズが、ファーストオーダーに追跡・監視されている船から、まったく安全に脱出してしまうのは、どうなんだ?(まぁ、一応、その後の作戦の伏線とも言えるが)
・敵船の暗号解読をする人間を探しに出かけた先で、駐車違反で捕まるという脱力エピソード。(スターウォーズらしいユーモアの範疇を逸脱しているよなぁ)
・さらに、連行された牢獄で、あっさりと見つけてしまう天才的なハッカーのDJ。いくらなんでも、やり過ぎな偶然。(もしかしたら、敵が仕込んだ罠? と思ったが、やっぱり偶然だったみたい)
・そのハッカーだが、最初、「カネ目当てのヤなやつ」設定で、「実はいいヤツ」と思わせておいて(「ハン・ソロ」パターン)、結局、「カネ目当てのクズ」に成り下がり、でも最後の最後、「やっぱりいいヤツでした」ということで、大番狂わせで助けにくるのかな? と思ったら、「クズでした」で終了。まぁ次回作で、「やっぱりいい人」で復活するかもしれないが。
・レイア姫ではなく、レイア将軍が、宇宙に放り出されても大丈夫ってのは、しかし、謎だったなぁ・・・・。「宇宙からのメッセージ」のオマージュか!?(■深作欣二監督「宇宙からのメッセージ」)
・「スターウォーズ」のお約束ではあるのだが、「巨大兵器登場 → よっしゃ弱点つくでー」という流れは、もうお腹いっぱい、さすがに。
・お約束と言えば、そもそも前作の「エピソード7/フォースの覚醒」が、初代「4」のパクリなわけで、それにしても、「レイが師匠の教えに背いて、カイロ・レンに会いに行き、そこでスノーク最高指導者の前に連行される」というのは、「4」「5」「6」の「ヨーダ」「ルーク・スカイウォーカー」「ダース・ベイダー」「皇帝」の構図が、そのまんまだったなぁ。次のシリーズも製作が決定しているけど、オリジナリティは、どこまで出せるんだろう・・・・・。
・ホルド中将の特攻だが、あれが可能なら、もっと前に無人の兵器化しているよなぁ・・・・。
・最後の最後、ルークのフォース能力解放が、やり過ぎ。なぜルークは星を離れなかった? 一応、海中に投棄されたXウイングという伏線があったのに。・・・・まぁ、弟子に師匠殺しという行為に走らせたくはなかったということなのかもしれないが。(とすれば、「9」で、カイロ・レンは転向する可能性もあり?)

・・・・・等々、「7」のそつのなさに比べて、穴が多いのは事実。
「7」では鮮やかに登場したレイやフィン、カイロ・レンに比べて、今作の新キャラのローズにしろ、DJ(今作で使い捨て?)にしろ、いまいち魅力が不足している。

また、ポーなんかは、今作で、よりキャラに深みが出るのかと思ったら・・・・むしろ、ダメ人間化。

うーむ。

でも、まぁ、全然面白かったです。

主人公レイのキャラの勝利かな? と思います。
アミダラ女王のように、ものすごい美人ではないけど、かわいらしい顔立ち。(ナタリー・ポートマンでは、廃品回収業は似合わんだろう)
男性がやれば、「今時・・・・」となりそうな、清潔感ある真っ直ぐな性格も、(僕が男性ということもあり)女性キャラだと、許せちゃう。
また、自らの生い立ちに関するトラウマも、・・・・・ちょっとひどい言い方だが、男性キャラだと、「おいおい、いつまで引きずっているんだよ」と興醒めだが、女性キャラだと、「うんうん、つらいよね」と、あっさり同情できる。

そして、個人的なことだが、「絶望的な撤退戦」という今作の背骨が、ツボなんだよね。
で、ありながらも、ボチボチ、「スター・ウォーズ」らしいユーモアがあって、「見ているのが辛い・・・・」というほどの惨たらしさはなくて、「物語を盛り上げる為に、ご都合主義に陥っている」という指摘は分かりつつ、大人も子供も楽しめるエンターテイメントとして、バランスはとれていたんじゃないのかな~。(まぁ、しかし、「穴」が多いのは事実だから、何度も見返すと、その「穴」にはまってしまうのかもしれないが・・・・・)

おまけ


ナンバリング作としては、ようやく登場したアジア系の主要人物ローズ。

うん、まぁ、ね。
人の容姿を云々出来る人間ではございませんよ。
それは分かっているけど、なんか、もう少し、ねぇ? と思ったのは、僕だけではないはず・・・・・・。。

しかも、恋敵はレイ。
最後のジェダイで、フォースは使える、腕は立つ、機械の知識もあって、まずまずの美貌と、ほっそりとしたプロポーション・・・・・。

カルシウム不足なカイロ・レンよりも強敵だな・・・・・・。

by カエレバ

2017年12月10日日曜日

神性を帯びる探偵「オリエンタル急行殺人事件(2017)」



まぁ、暇な時間と、映画の始まりが合致して、「これでいいか」くらいの気分で見た「オリエンタル急行殺人事件」。

トランプ大統領が、エルサレムにアメリカ大使館を移すことを決断して、いろんな国が大慌てという現在に、偶然重なる「嘆きの壁」からスタート。

「キリスト教」「ユダヤ教」「イスラム教」、それぞれの当地の代表者が容疑者という、本当にそんな事件があったら、陰腹でもしなくては、その裁判官は担当出来ないだろうレベルの危険度ですが、「イギリスが悪い!」と、あっさりと裁定を下す主人公のポアロ。

言うまでもなく、第一次世界大戦における三枚舌外交を批判しているわけで、原作未読なんですが、別段、無ければ無くても本筋には弊害のないエピソード。
「社会風刺ぶっこんできたなー」と、ちょっと驚き。

以降、人種問題に触れたりしつつ、「社会派」といった重々しい描写もなく、往時の大英帝国を思い起こさせるオリエンタル急行の豪華な列車内と、現代風に再定義されたクラシカルだけれども洒落た服装に目を奪われるのだが、会話の端々に登場人物たちの背景や関係性、後の伏線などが含まれ、で、起こるよ殺人事件。

前述の通り、原作未読だし、映画の過去作も未見、・・・・・だけれども、名作・古典の宿命でして、なぜかオチは知っているので、「あぁ、なるほどなるほど、この発言は重要ね、覚えておいた方がいいのね」といった感じで、展開に驚きはないのだけれども、まぁ、しっかりとした脚本と絵、演技なので、楽しく見れてはしまう。

それにしても、最後の最後、主人公のポアロが、推理モノのお約束、「犯人はお前だ!」とネタバレのお白州シーン、居並んだ容疑者たちの構図が、明らかに最後の晩餐。

「な、な、なぜ?」と戸惑っていると、ポアロはポアロで、「おれは神と同格」みたいなことを宣言。

( ゚д゚)なに!?

ポアロは、「最後の晩餐」の一部ではなく、彼らの前に陣取っているということは、・・・・・「父なる神」として、キリストすら裁くの? すげーな、おい。

なんだけれども、よくよく思い出してみると、ポアロのことを、登場人物たちが、「ヘラクレス」って、呼ぶんだよね。
「なんで?」と思ったら、
ポアロのファーストネーム“Hercules”がギリシア神話の英雄ヘラクレスに由来する
という背景もあるようで。

また映画冒頭、「キリスト教」「ユダヤ教」「イスラム教」の三人の代表者を裁くなんて、「神」でもなければ、出来ないお仕事。

そして、最後の最後。

ネタバレだが、「いいよいいよ、おれは、お前たちの罪を問わない」と実行犯たちに、恩赦を与えて去っていくポアロ。

最早、法律など超越した存在となってしまったのかと、唖然と言うか、笑えると言うか。


確かに、ポアロは、警察でも検察でも裁判官でもないからね。
探偵という、あくまでも、一民間人に過ぎないわけで、そんな人間が、なんだか良く分からない理由と権限で(殺人事件が発生した当初、「オレ、やらないよ」ってポアロが、言っているのは、まぁ当然だよね。別に「金」にはならないし、そもそも捜査って「公的な機関」が行うべきものだし。だから、ポアロを説得する理屈が、人種問題を持ち出してきて、なんだか妙だったなぁ)、取り調べを始めるわけで、その整合性を突き詰めていくと、「ポアロ」=「神」なのかもしれないが、・・・・・・推理ドラマに、「そんな仰々しい論理性を与えんでも」と思わないでも。

まぁ、そんなところは気にしなくても、十分、娯楽作として楽しめる映画でした。

by カエレバ